ヲシテ1年生☆

漢字渡来以前の日本の縄文文字『ヲシテ』 あなたも私たちと一緒に一年生から学んでみませんか( ´ ▽ ` )ノ??

香取神宮

早春のホツマあそび

さて、
記事を2つに分けましたので
ホツマクニ(関東)をおけいさんや有末さんと巡った旅行記に移りたいと思います(`◕‸◕´+)キリッ!
(更新したので順番を入れ替えました)


2017年2月21日

前日から有末さんが飛行機で成田に来る筈でしたが、霧で年間発着欠便数が一番多い広島空港発。そして成田空港近辺も春の風が逆巻きまくっていたそうで、
離陸時刻直前で欠航決定!
翌火曜日に有末さんは新幹線でホツマ入り(関東入り)することとなりました( ´ ▽ ` )ノ

東京駅で待ち合わせして、有末さんとヴィーガン(完全ベジタリアン)ラーメンをいただきますo(^▽^)o
この「T's たんたん」さん(東京駅構内京葉ストリート)と、
やはり東京駅一番街地下ラーメンストリートにある「ソラノイロ」さんは、ベジタリアン・ラーメンを食べられる美味しいラーメン屋さんです(○´3`)ノ


私の到着前には有末さんは、東京駅から歩いて皇居を通って、靖國神社に参拝してらしたようですが、馬車や騎馬隊も観られて良かったですねꉂ ૮( ᵒ̌ૢꇴᵒ̌ૢ )ა。*゚✧


東京駅から有末さんとBebeは高速バスに乗って成田空港に向かいます(○´3`)ノ
いやぁ、バスのお蔭で便利になりました♪


おけいさんのお宅は、ご自分の玄関が成田空港か!?というくらい成田空港のご近所です!

成田空港と言えば、私こそ中学高校が靖國神社の隣、のみならず法政大学の隣でしたので、もう既にその当時はそれほど過激なことはなかったのですが、それでも「三里塚」という単語の入った看板を見かけました。

成田空港問題、ちょっとここの所調べてみたのですけど、ここが出来るまでに大変な問題や出来事、犠牲があって、
それで首都東京からもアクセスのよろしくない空港となっておりましたが、

今は東京駅から1,000円で行けるバスも出来、また羽田空港には入らないLCC機の発着でだいぶ安く各地に飛べるようになりましたし、

物事には必ず裏表両面がありますから、
善悪二元で断定して物を見るのではなく、どんな悪しき!と見える出来事も、その恩恵ってありますよね♪

ああ恵みばかりを享受しております(#^.^#)



おけいさんのお宅はお庭が広〜〜いヾ(˹ᆺ˺✿)ノ゙
そしてその夜はおけいさんのお部屋で宴会(♡´◡`♡)

私は、おけいさんのお宅の、池田先生の掛軸も掛かったお茶室に2晩泊めていただきました。
水仙が活けてあって、本当に良い香りがお部屋に充満してます♪


。.。:+❁+ ゜ ゜゜❃ *+:。❀.。:+❁+ ゜ ゜*+:。❀.。.。:+❁+ ゜ ゜゜❃*+:。❀.。:+❁+ ゜ ゜゜❃ *+:。❀.。.


2017年2月22日
翌朝は7時前に出発〜〜♪( ´θ`)ノ

まずは香取神宮ヾノ。ÒㅅÓ)ノシ
香取神宮奥宮


香取神宮の参道も大好きなのですけど、今日は遠くまで行く予定も詰まっており、ちゃっちゃと鹿島神宮に向かいます٩꒰ ´ᆺ`꒱۶



朝早過ぎて、御手洗池の側の蕎麦屋さんも開いてなかったのですけど、資料館で鹿島神宮の御船祭の番組を観ていると程よい時間に…             
ここのお蕎麦は御手洗池の御神水も使ってて、常陸蕎麦は美味しいんです+。:.゚٩(๑>◡<๑)۶:.。+゚
地元野菜の天ぷらも美味しかった!!
ご馳走様でした(。-人-。)



。.。:+♫+ ゜ ゜゜ *+:。.。:+♥+ ゜ ゜*+:。.。.。:+♫+ ゜ ゜゜*+:。.。:+♥+ ゜ ゜゜ *+:。.。.



さてさて…

ニハリミヤは何処にあったのか!??

これも此処といった確定のない古代ミステリーの一つです(✧◡✧)


先ずは地図を見てみましょう!!

茨城県は筑西市の「新治」
ここは正に「ニイハリ」であるのですけど…                 

この霞ヶ浦へと伸びる利根川水系の桜川は、古くは「伊佐々川」「筑波川」とも呼ばれていたと∑d(◐д◑´,,)イササ!


おおお!
【ツクバ】のミヤと【ニハリ】のミヤと、【フタアレ】のミヤ(宇都宮二荒山神社)をムヨロトシ(六万年?)ずつ往き来なさってたのですよぉ〜〜+。:.゚٩(๑>◡<๑)۶:.。+゚



ここで💡

私ね、
常々不思議に思ってるのは、
八百屋さんで買物すると、どーして
「ハイ、500円!!」「ホイ、1200万円!」とかって八百屋さんは言うのでしょうか∑(❍ฺд❍ฺlll)

それは全国何処に行っても大概そうで…

いえ、スーパーマーケットでは言わないと思いますよ(#^.^#)

八百屋さんのオヤジですよ、言うのはっっ!!      

若い頃は「意味分かんね…(ー ー;)」とか思ってたんですけど、
挨拶…というより「おまじない」なのではσ(・ω・`@)??
と最近は思えてきました\(^o^)/

願望というか、おまじない!!


そしてね…

それと同じ様に、
ホツマツタヱやヲシテ文献に出てくる
ヨロトシ」もさ、
八百屋さんや市場のおぢさんが「万円」言う様に、
ヨロし」「ヨロコブ」「ヨロコバシ」に掛けて、
単なる「トシ」に装飾して「ヨロトシ」と言ってるのではないか??
とすら思えてきてるんですけど…

これを名付けて「八百屋の法則」と言います(`◕‸◕´+)キリッ!(ウソ)

ですから、
「ムトシ(6年)」を八百屋の法則で
「ム【ヨロ】トシ」としているのではないか??と…꒰#'ω`#꒱੭

あ、意外とオーマヂメですよん(⋓ื◡⋓ื) ニヤリ


⋱⋰ ⋱⋰ ⋱⋰ ⋱⋰ ⋱⋰ ⋱⋰ ⋱⋰ ⋱⋰ ⋱⋰ ⋱⋰ ⋱⋰ ⋱⋰ 


ニニキネ様御一行は、
ツクバのミヤから《トサト(→後の→十里)》来た、夜通し歩いたのでしょうか??                     
サトは今の距離を測る「里」とどれ位違うか?分かりませんが、
「ヨおコメテ」(夜通し)(歩いて?)「トサト キテ」とありますからね♪


池田先生の揚げて下さってる桑山神社や、新治郡衙跡 も気になるにはなりますが、私達は『鴨大神御子神主玉神社』もとっても気になっていたのですキャーq(≧∇≦*)(*≧∇≦)pキャー


だって
御祭神が「別雷大神」つまりヲシテ文献知らないとそれが「ニニキネ(瓊瓊杵尊/邇邇芸命)様」だなんて分からないではないですかぁ〜〜+。:.゚٩(๑>◡<๑)۶:.。+゚                                              


そしてもう一方の御祭神が「大田田根子命」とあるではないですか∑(❍ฺд❍ฺlll)


鴨大神=ニニキネ様とピンと来るのも、ヲシテ文献学んでいるから!ならではなのですけど、
御子神とは、ニニキネ様の三つ子の皇子の内、次男のサクラギ様はニハリミヤにもいらした!!→桜川なのでは??


またニニキネ様の三男ウツキネ様は、フタアレのウツのミヤ→宇都宮!


成田→香取→鹿島を通って行きましたので結構遠いんですけどね!
行きたい行きたい( ;□;)ノシ))パタパタパタパ
と我儘言いました…




ここの神社は鳥居が
無いのです∑d(◐д◑´,,)鳥居の無い古い形の神社なのではなく、ニニキネ様のミヤにはトリヰを造ったとありますから、消失してしまったのではないかなσ(・ω・`@)

しかしね、
社殿も古くなって廃れた感はありますが、すご〜〜く凝った造りになっているのです!!と思ったらかなりな文化財のようです。

本殿は、旧岩瀬町指定有形文化財。



社伝によると創立は神武天皇八年。常陸国では、鹿島神宮・吉田神社に次ぐ位置にある大社だったそうです、(;●ꉺωꉺ●) ゴクリ…


そして、私達は「ホツマツタヱおノブ」
そう!オオタタネコ様が記したニニキネ様のイサヲシ(御功績)を三人で声を合わせて奏上したのです+。:.゚٩(๑>◡<๑)۶:.。+゚

これぞ!ホツマツタヱを学んでいる喜びの極みだと思うんですよ。+゚(つз`o)゚+。


どんな祝詞を上げるより相応しい!!


有末さんもおけいさんも、
暗唱の重要さを判って一生懸命学んでいるからこそ!
こうした場所、場所、に於て相応しいウタ=ホツマツタヱを宣り挙げられるのです✨✨                         


幸せな時間を共有し、
こうしてヲシテ文献が学べる恵み!
勿論、ミヲヤであるクニトコタチ、フタカミ、アマテルカミ、ニニキネ様、オオタタネコ様にも言わずもがな!ですが、
写本を続けて下さった方々、
そして発見、研究に御尽力して下さった松本善之助先生、
更に私がヲシテ文字で読めるのは池田満先生のお蔭です!!

印刷を引き受けて下さった方々、出版して下さった方々、私財を投じて下さった松本不二子様、
またこうして通信の機器を使い離れていても共に学べる恵み、移動手段を使える恵み!!                         
もう数えきれない方々のお蔭です…


アナアリカタヤ
アナニヱヤ
アナウレシヤと
オガミサル


の心境で成田に戻りました(ღ′◡‵)

旅の最後まで「鴨大神御子神主玉神社」の名前言えず「鴨」「鴨」と叫んでましたが…🦆

゚.:。+゚.:🦆.:。+゚.:。🦆.:。+゚.:。🦆.:。+゚.゚.:。+゚.:🦆.:。+゚.:。🦆.:。+゚.:。🦆.:。+゚.


翌2月23日は
待ちにまった芝山町ヲシテ講座の日でした!                         
その記事はどうぞ次の記事をお読み下さいませ( ´ ▽ ` )ノ
    

その朝、行きたかったオモタル神社に行くことに…(○´3`)ノ


関東は、
アメナナヨ(天神七代)の6代目アマカミの、オモタル・カシコネ様の神社多いんです!
オモタル神社という名ばかりでなく、
天神6代ということで、「六天神社」としても、東京始め関東各地に多いのです!
オモタル・カシコネ様は、
近江から始まり、東はヤマト・ヒタカミ、
西はツキスミ(九州)、アシハラ、
南はアワ(このアワは四国かしらね?)、ソサ(紀伊半島)
北はネノクニ(北陸)ホソホコ・チタルクニ(山陰)
まで全国を巡幸されていらっしゃいますが、関東にも長くいらしたミヤがあったのではないでしょうか(ღ′◡‵)



と、入っていったミヤは…
あ!オモタル神社ではなかった(ノ∀≦。)ノ
この間違えて入ったミヤ、「宮門神社」でした(๑´ლ`๑)フフ♡
ここも何やら、凄い存在感があって、また素晴らしい杉の巨木があります♪
おそらく実際古代のミヤ(御殿。御屋敷。)であったのではないか??
どなたでしょう??
と思えば、「ヒコオシヒト」様とあります。                         
調べてみますと、彦忍人命は、第13代成務天皇の御代の国造だそうで!!
もうヲシテ時代と被るほどではないですか!??
その上この方は、古墳に数々のハニワと共に埋葬されてらっしゃいました+。:.゚٩(๑>◡<๑)۶:.。+゚

古代、この地がかなり栄えていた証拠ですよねヾ(●´∀`●)ノ

そして御由緒にも、ホツマツタヱ16アヤ「ハラミツツシムオビのアヤ」の、タケミカツチ様(鹿島神宮近いですからね)のヒタチオビのメヲの鶴の羽根のエピソードが∑d(◐д◑´,,)



◝꒰´꒳`∗꒱◟◝꒰´꒳`꒱◟◝꒰∗´꒳`꒱◟◝꒰´꒳`∗꒱◟◝꒰´꒳`꒱◟◝꒰∗´꒳`꒱◟◝꒰´꒳`∗꒱◟◝꒰´꒳`꒱◟◝꒰∗´꒳`꒱◟◝꒰´꒳`∗꒱◟◝꒰´꒳`꒱◟◝꒰∗´꒳`꒱◟


そしてその後、無事オモタル神社へ(○´3`)ノ

ここは会場となった芝山町役場の直ぐ裏にありますヾ(˹ᆺ˺✿)ノ゙



こちらの神社は小さいけれど、
よく整備されていて、
現在も氏子さん方の活動が盛んなご様子でした(○´3`)ノ

そして本殿の裏手に回ってみると…

江戸時代位の錦絵でしょうか…
板に描かれていてかなり消えかかっているのですけど、
格子戸を隔て姫と殿が相向かいあってる絵が…


「こ、これは…






トマエニアイミ
ツマとナス…






オオトノチ・オオトマエでは…꒰꒪д꒪|||꒱ガーン」


はい、
6代目オモタル・カシコネ様でなく、
5代目オオトノチ・オオトマエなり(`◕‸◕´+)シャキン

ヰツヨでしたね、惜しいっっ(o_ _)ノ彡☆バンバン


でも、
もしかしたら、
初代クニトコタチ〜6代目オモタル・カシコネ様、
どころか7代目イサナギ・イサナミ様までの錦絵がかつては存在したのかも?ですね( ´ ▽ ` )ノ


そしてその後、ハニワ博物館へ行くのですが、
ホツマクニが、カトリ、カシマのみならず、ニニキネ様やヲバシリ様タカヒコネ様の影響を強く受け、
稲作も盛んで、馬もとても盛んだったことを実感するのでした…꒰*✪∀✪꒱♬ ♡*:・

のみならず、
ヤマトタケ様の痕跡もクッキリ!!


今日も長い記事、お読みくださりありがとうございました♡





たまふカンベはカシマカミ★

こんにちは〜( ´ ▽ ` )ノ

9月にはいりましたね(((o(*゚▽゚*)o)))

Bebeは、8/31に11アヤ『ミクサユツリミウケノアヤ』(は短いよ♪)の暗唱を終え、
9/1〜9/2、東国三社巡り&12年に一度午年の鹿島神宮式年大祭『御船(みふね)祭』に行ってまいりました〜ヾ(˹ᆺ˺✿)ノ゙


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皆様ご存知のように、
下総国の一の宮・香取神宮の御祭神は経津主(ふつぬしの)大神
そして
常陸国の一の宮・鹿島神宮の御祭神は武甕槌(たけみかづちの)大神(建御雷神)です。



ホツマツタヱも8アヤ『タマカヱシ・ハタレウツアヤ』でも、
フツヌシ様とタケミカツチ様がハタレウチで大活躍なさいます(((o(*゚▽゚*)o)))


フツヌシ様はイソラミチの攻撃に対し、指を怪我してしまいますが、ユガケして、オコゼを投げ入れてハタレ達が貪り喰っている間にフキを焚き捕らえます。(8-22〜8-32)

そしてタケミカツチ様は、ヰツナミチに対し、フトマガリを貪り喰わせている間に(食べ物で釣るの多いです!)ワラビナワで縛り上げ山に引っ張って行くのですが、9800人は首が締まって死んでしまい、残る100人は投獄しますが、
ここで「カナデを枯らせてしまった…」と喪に慎んでいらっしゃいました。
(8-32〜8-39)


書くとどんどん長くなってダメなりねヽ(;▽;)ノ


ここ8アヤでは
このハタレウチでのフツヌシ様のご活躍に対し、
アマテルカミからの詔(ミコトノリ)で、

マタフツヌシわ
カグヤマお
ツカサトレトテ
カトリカミ

(8-92)


【カ】グヤマ(富士山)をツカサ【トリ】
↓ ↓ ↓
【カトリカミ】→香取神


という称号を賜ってます☆*:.。. o(≧▽≦)o .。.:*☆



2014.9/1香取神宮
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そしてその時タケミカツチ様は、
タケモノヌシノカフツチ(のツルギ)と
地震を鎮める?カナイシツチも賜ってます(○´3`)ノ
(8-92〜93)



2014.9/1 鹿島神宮・要石凹
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2014.9/1香取神宮・要石凸
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そしてフツヌシ様の妹君アサカヒメは、
ココトムスビと結婚し、
生まれた子供が
アマノコヤネ=カスガマロ=ワカヒコ様で〜す( ´ ▽ ` )ノ
(8-96〜97)


そしてね、
アマノコヤネの妻は、タケミカツチの一人娘ヒトリヒメで、
そのお二人のミヤが息栖神社なのです☆*:.。. o(≧▽≦)o .。.:*☆

ヒトリヒメがご懐妊中、旦那様アマノコヤネの背丈と同じ長さの腹帯を巻きました( ´ ▽ ` )ノ

ミタケノオビト
ナシタマフ
ハラオビナセバ
ミノイキス
ヒタチトナリテ

(21-40)

「産後の肥立ち」とも言われますが、
茨城が「常陸(ヒタチ)」
と呼ばれる語源も、
また日立帯もここからですし、
息栖神社の「イキス」も身の息が整った(ス、澄んだ)ことからなのですね(●ꉺωꉺ●)


2014.9/2 息栖神社
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フツヌシ様とタケミカツチ様のご活躍は、10アヤ『カシマタ・チツリタイノアヤ』でも更にキャーq(≧∇≦*)(*≧∇≦)pキャー


あらすじとかはすんごく省略しますが、

繁栄と栄華を極めた出雲のオホナムチ様(ソサノヲの子)は、
実力はありましたが、
朝廷の右(カ)の臣でありながら、
慢心し、
タミ第一という尊い朝廷を軽んじ、
朝廷からの諫言の使者、ホヒノミコトやオオセイイ、アメワカヒコを送れど、取り込んで返って来ず、贅を極めておりました。

そこで、
朝廷から愈々、
オホナムチの右の臣の職務を解任する為に遣わされたのが、
フツヌシ様とタケミカツチ様(兄弟)です♪


この時、タマカ(朝廷)のカミハカリ(会議)ではフツヌシ様が任命されるのですが、


タケミカツチが
ススミイデ

「アニタダヒトリ
フツヌシガ
マサリテワレわ
マサランヤっ!」

(10-25)

勇っまし〜〜いタケミカツチ様٩(♡ε♡ )۶

タカキイサミの
ミカツチヤ
フツヌシソエテ
カシマタチ!

(10-26)


こうして出雲にカシマタチに向かったフツヌシ様とタケミカツチ様!


イツモキツキニ
カフツチノ
ツルギおウエテ
ウツクマリ
ナジリトフナリ
ヾノ。ÒㅅÓ)ノシ

(10-26)


「ミホコリテ
アザムクミチオ
ナラサント
ワレラツカフゾ
ソノココロ
ママヤ?イナヤヤ?」

(10-27)



普通の人の平均身長が8タ(ケ)(→ヤタカガミ)だったところ、
タケミカツチ様は16タケ(倍!)もあり、
ヨロ(万人)より勝れた力を持ち、
雷をもヒシグ(8-6〜7、8-35〜36)
岩をもアシ貝の様に取って投げたのでタケミナカタも遂に諏訪の地で降参しました(10-31〜33)


そうして『カシマタチ(右の臣の締まりを解く=オホナムチ様の解任)』という大役を果たされたフツヌシ様とタケミカツチ様に、
アマテルカミからのミコトノリ(○´3`)ノ


ナンチフツヌシ
アワウワノ
トフルミチヒキ
サカンナリ
マタミカツチわ
カシマタチ
イツおアラワス
モノノベノ
ナンタ(涙)ヤワラニ
モトスヨリ
タマフカンベ(神部)わ
カシマカミ

(10-36〜37)


こうしてタケミカツチ様に
「カシマカミ」(→鹿島神)
の称号が賜われたのでした〜(≧▽≦ノノ゙☆パチパチパチパチ

後にこの「カシマタチ(「カ(右)」の「シマ(役職)」りを「タチ(断つ)」は『鹿島立ち』という言葉となってしまいましたが、
戦に出発するような意味だけ残って、
本来の、
「タミ第一で贅に溺れないのがカミの役目」であり、それを「糾す、糺す」といった意味合いが抜けてしまったのは残念ですね…(´◕ฺω◕ฺ`)ショボーン




2014.9/2 御船祭当日の鹿島神宮
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311で、多額の寄付によりバブルの頃建ったという石の鳥居は崩壊…

けれども、鹿島神宮境内育ちの樹齢500〜600年の杉の御神木は、切り出された後3年間寝かされ、ようやく、
今年の春に鳥居と成りなったのでしたヾ(@⌒ー⌒@)ノ

新しい杉の鳥居のなんと清しいことでしょう꒰✪ૢꇵ✪ૢ꒱ෆ⃛ෆ⃛ೄ

それまでのバブリーな石の鳥居は、
もう既にそれだけの額を寄付出来る方はいない程の高価な物だったそうで…

それこそ
「ミホコリテ(身誇りて?)
アザムクミチお(欺く道を)
ナラサント(平らにしようと)
ワレラツカフゾ
ソノココロ
ママヤ?イナヤヤ??」
と問い糺した、
カシマカミ・タケミカツチ様の、
清廉潔白な御心に適う真直ぐなる木=杉の鳥居なのではないでしょうか(((o(*゚▽゚*)o)))





2014年9月1日から9月3日までの、
鹿島神宮の式年大祭「御船祭」は12年に一度の、1700年続くお祭です(○´3`)ノ
(古事記は編纂されて1300年ですけど、如何に鹿島神宮や香取神宮の歴史があるかが分かりますね♪
ヲシテ文献ホツマツタヱの後編が編纂されて約1900年ですけど、フツヌシ、タケミカツチ様がご活躍だった時代は更に昔で、今から約3000年以上前と思われます。)



午年(南、夏)に行われるというのは、
正に日本列島の夏至のレイライン(南中)の東の始まりである鹿島神宮に相応しいのではないかしら??

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そしてそれは、
やはり毎午年の4月15日に行われる香取神宮の式年大祭神幸祭に呼応しているようです。

行けなくて残念だったなり…


香取神宮の御座船の舳先は鳳凰
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Bebe達は、
9月1日に、東京から香取神宮にお詣りし、

それからJR鹿島線に乗って鹿島神宮に行きましたヾ(˹ᆺ˺✿)ノ゙


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参道にいるおじさま方は、
和服姿にパナマ帽でとっても粋で素敵ですね٩(♡ε♡ )۶



お神楽の山車は5基あってこれは聖徳太子
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9月1日は提灯祭も(○´3`)ノ

子ども提灯
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大人の提灯は、イナセな若衆達の気合が入っていて、日本の血気盛んなヤンチャな?若者達の心意気も大したものだよ!!
と嬉しくなっちゃいましたキャーq(≧∇≦*)(*≧∇≦)pキャー





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御手洗池前の茶店では、
Bebeはお蕎麦をいただいたのですが、
御連れ様の「御神水ラーメン」がたいそう美味しそうで「次は絶対ラーメン食べる٩(๑`ȏ´๑)۶ 」と思った元食いしん坊のBebeです(#^.^#)





そして翌日9月2日は秋祭に相応しい秋晴れ\(^o^)/



100艘あまりの船と龍のついた鹿島神宮の御座船が川を遡り、香取神宮をお迎えするというのがクライマックスで、
大行列も3000人以上ヾ(@⌒ー⌒@)ノ

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行列は見られなかったのですが…
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お神楽の山車も素敵☆
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鹿島神宮の龍の御座船と船団!
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賑々し〜〜い☆*:.。. o(≧▽≦)o .。.:*☆


御座船で行われていたという、
午年生まれ(12歳)の巫女ちゃん達による巫女舞は見られなかったけれど、
潮来河岸に降りてきた少女達の晴れ晴れとしたお顔ヾ(*´∀`*)ノキャッキャ♪
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何しろ、一生に一度だし、午年でないとなれない!のですものね♡



また11アヤでも、
アマテルカミの皇子オシホミミ様が、
東北タカノコフに遷都なさる時にも、
尊〜〜いミコトノリの締めに、


フツヌシト
ミカツチツネニ
ハンベリテ
マツリコトモレ

(11-21)

と任命なさっているのです( ´ ▽ ` )ノ




。.。:+♫+ ゜ ゜゜ *+:。.。:+♥+ ゜ ゜*+:。.。.。:+♫+ ゜ ゜゜*+:。.。:+♥+ ゜ ゜゜ *+:。.。.


古事記以降、
富士山以東、関東も東北も、
如何にも僻地のように追いやられてしまいましたが、
それは古事記、日本書紀が渡来系の編者だったから、
奈良以東は行かなかったから、
全然地理が分からなかったので割愛されてしまったのでしょうが、

三神宮の香取神宮、鹿島神宮が、
なぜそれほどなのか??
古(いにしえ)が偲ばれるようです(ღ′◡‵)

そして、
こうしてヲシテ文献を学んでいる(未だ未だ初心者ですが)Bebeは、
是非とも、
フツヌシ様、タケミカツチ様にまたお詣りしたくて、
12年に一度の大祭にも行かせていただけた恵みに感謝しながら、
また一歩一歩!
学ばせていただこうと思いま〜す*。⋆ฺ(*´◡`)ノ


長々、お読みくださりありがとうございましたヾ(˹ᆺ˺✿)ノ゙














神社(カンヤシロ)やカミ達との関わり

さて、2012年7月半ばにヲシテ文献『ホツマツタヱ』に触れることになったBebe達だけど。。


ここ数年は、
色んな神社に行くことが増えてきてたよ( ´ ▽ ` )ノ


でも、元々「神社巡り」の趣味があった訳でもないし、
パワスポ・ブームだとか御利益を求めてのパワースポット巡りに興味があったわけでもないよ(#^.^#)

勿論それらを否定する訳ではないし、
そんな理由であっても、日本のカミガミ様やイヤシロチに触れているのは良いかもしれないねヾ(˹ᆺ˺✿)ノ゙

だって清しい氣にも触れられるしねo(^▽^)o


でも有名神社に行って感じるのは、
良いエネルギー(氣)が流れているのは、
寧ろ境内より、
その杜(森)だったりもするよ( ✪ฺД✪ฺ)

樹、木(キ)=氣(キ)だね( •ॢ◡-ॢ)-♡

境内は、
「お金儲け出来ますように」とか「良縁を」とか「受験を」とか、
ま、それも人の性(さが)ではあると思うけど(#^.^#)

努力なしに我欲だけを僅かなお賽銭で、自分だけの我欲を願っても??…ねえ(#^.^#)???


人の幸福ってそんなところにあるとは思ってないもの(ღ′◡‵)


あ、長くなっちゃったけど(*/∇\*)



2011年の10月27日には、
三重のエミちゃんと伊勢神宮の伊雜宮と外宮に行ったり

伊勢神宮外宮



伊勢神宮伊雜宮





2012年の1月には、その当時福岡勤務だった彼と志賀島の志賀海神社に行ったり

志賀島・志賀海神社


志賀海神社の亀石
志賀島志賀海神社・亀石






2012年の3月には、広島転勤になったばかりの彼と厳島神社に行ったり

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「どっちが馬さんで、どっちが鹿さんかすらσ(・ω・`@)??」
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そしてホツマツタヱに出会うちょっと前、
2012年の5月末には
三重のエミちゃんと麻賀多神社と下三宮「鹿島神宮」「香取神宮」「息栖神社」に行ったりしたよ(○´3`)ノ


麻賀多神社
麻賀多神社




潮来(いたこ)のあやめ祭の嫁入舟
潮来あやめ祭・嫁入舟




香取神宮
香取神宮



香取神宮本殿





鹿島神宮
鹿島神宮



鹿島神宮の御手洗池
鹿島神宮・御手洗池






息栖神社の力石
息栖神社・力石



そんなお詣り経験をしながら、
いよいよ2012年の7月にヲシテ文献『ホツマツタヱ』に出会って行ったんだヾ(˹ᆺ˺✿)ノ゙



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