ヲシテ1年生☆

漢字渡来以前の日本の縄文文字『ヲシテ』 あなたも私たちと一緒に一年生から学んでみませんか( ´ ▽ ` )ノ??

御船祭

天空の船!?

こんにちは( ´ ▽ ` )ノ

寒いですが皆さんお元気ですか??私は冬生まれの癖に(あ、年によっては暦の上で旧暦新春の年もあります、今年ゃツゴモリ)寒さが苦手なBebeです(๑>◡<๑)

なので用事がない限り外出は控えて家でぬくぬく勉強していたい方ですが、
昨日〜今日、ちょいと大阪の仕事があったので、
それでは…と兼ねてから気になっていたホノアカリ様ルート辿ってみることにしたなり(✧◡✧)


今21アヤも終盤まで暗唱進みましたが、実は20アヤ「スメミマコ・トクサヱルアヤ」が大好き(((o(*゚▽゚*)o)))♡
21アヤの36カドの暗唱が泣けるほど難しかったけど、20アヤもどっこい32人の伴人の暗記は泣けましたけどヽ(;▽;)ノ

それでも、あれだけ壮麗な描写は本当に気持ち良いです(○´3`)ノ
その系統だと5アヤの最終まとめ部分の
  
   ミソギにタミの
   トトノヒテ…

からも大好きですけどね/(^o^)\


まず21アヤ「スメミマコ・トクサヱルアヤ」とはどんなお話なのか??


キヤヱ年のヤヨイのこと…
カスガトノ・ココトムスビ様がご老齢の為引退なさるのでヒタカミにおわす9代アマカミの御子オシホミミ様にナカクニ入りの打診がありました。
けれどオシホミミ様はタミに慕われて引き留められるので、
長男クシタマ・ホノアカリ・テルヒコ様に行かせることになります(○´3`)ノ

ここで!!
先代旧事本紀とかは天照国照彦天火明櫛玉饒速日とかにしちゃって、ホノアカリ様とニギハヤヒ様を混同しちゃってますけど、
ホノアカリ様がテルヒコクシタマです(`◕‸◕´+)シャキン
ニギハヤヒ様はクニテルで、ホノアカリ様の養子です!!

そこからトクサタカラ(十種神宝)譲りもあり…。
このトクサ(十種神宝)は、石上神宮(いそのかみじんぐう)とか物部神社に伝わってるようですけど、
ちょっとヲシテ文献とは違う…。
残念ですね、古事記的な間違いが…
あ〜〜ここも触れようかと思ったのですが、次の記事オオモノヌシ・クシヒコ様の記事を書く為割愛…
また機会があれば…(#^.^#)


それからアスカヲキミ・ホノアカリ(クシタマ・テルヒコ)(オシホミミの長男。ニニキネの兄)のナカクニ(近畿)入りは、総勢864人の臣下を従え、アマテルカミの勅令によるイワクスフネでかつてないほどの壮大さ、壮麗さで描写されています。


私は、この時のイワクスフネの門出の様子が鹿島神宮の式年祭「御船(みふね)祭り」←クリックで飛びます)に残ってるのだろうと思ってます( ´ ▽ ` )ノ

因みにイワクスフネというのは、
イワヒ(祝ひ)のクス(樟)で造られた船であろうと思われます(`◕‸◕´+)シャキン
磐(イワ)で出来てたんなら海に浮かびません((유∀유|||))

さて、
この船は、ツクモ(九十九里浜)を出発します。
池田先生に依ると、その門出の様子が上総國一の宮の玉前神社のお祭「上総十二社祭」の海中渡御に残っているらしいですね…(´'c。'` )ほほー

出航した船は先ずはイツ(伊豆)の岬に着きますが、
それは下田辺りだと思われます。
古代から海運の盛んなところ(←クリック)だったようです。


そして描写はこう続きます。

ツクモヨリ
イツノミサキニ
ホおアケテ
オキハシルメ👁わ
オホソラお
ハルカニカケリ
ミクマノノ
ミヤヰオカミテ
ナミワヨリ
カモニテイタル
イカルカノ


ここで重要!!

船が大空を駈けていたのではなく、
沖走る「目」が、
「オホソラお ハルカニカケリ」なわけです!!

船に乗って遥か遠くを意気揚々と見ていると、
空と海とが溶け合って、
まるで大空を走っている様に感じる!
ということです(`◕‸◕´+)シャキン

何故なら、
空路であったなら、
わざわざ伊豆下田(伊豆半島南端)も熊野(紀伊半島南端)も通らないで、
鹿島からビッと富士山上空でも通って行けば良いんですよヾ(≧▽≦)ノあははは!


わざわざ紀伊半島廻って、
ナミワ(浪速)に着いた御一行様は、
ここでイワクスフネからカモフネ(櫂で漕ぐ船)に乗り換えます。
外洋から川で南下していく為です。

この川を私は先ず「淀川」と睨みました!※最後に追記あります
そして枚方から支流に下って行くのであろう…
地図で探すと、
「天野川」!!!
そしてその先に「磐船神社」あったよ〜〜キャーq(≧∇≦*)(*≧∇≦)pキャー


なんか自分がルート発見したようないい気になってましたが、
実はこのホノアカリ様のルートは、
ニギハヤヒ(饒速日)の事として、
ニギハヤヒ・ファンに有名みたいで、
古代地図までちゃんと直ぐに発見出来ました(#^.^#)


まあそれは磐船神社に行った後にそれら地図を発見するのですけどね꒰#'ω`#꒱੭


さて、
当日は、あいにくの雨…
幸い殆ど雨には濡れなかったのですが、
素敵な循環型農業の農園レストランの杉・五兵衛さんに連れてっていただき感激です꒰✪ૢꇵ✪ૢ꒱ෆ⃛ෆ⃛ೄ✨✨




楽しいお話ばっかりに夢中になって、
つい目的?の磐船神社に中々行けません(ノ∀≦。)ノ

でも寒いし、
さっきまで雨だったんだし無理はいけません。




ここ、本当に良い氣が満ちていて
気持ち良い場所でしたo(^▽^)o

数年前に転落死亡事故があったそうなので、くれぐれも一人とかで行ってはいけません!
が、
またニギハヤヒ様も詳しくなって(ホンマはここ、ホノアカリ様なんですよ!!)

ここ磐船神社の岩窟巡り(←クリック)はちょいと危険も伴うけど、とっても楽しそう!なので、
また暖かい季節にリヴェンジしようと思います*。⋆ฺ(*´◡`)ノ

その後、ホノアカリ様御一行がイカルガに着いて、その翌日アスカに宮遷ししちゃった話も機会があれば…
そして「ソラミツヤマトクニ」と名付けたナカクニは、ヒタカミから遥々いらした御一行様にとっての新天地であり、
今とは地形も違う奈良の地の、
気持ち良い春の海を船で遥かにいらした期待を込めた名であったのでしょうね(ღ′◡‵)✨✨


その帰り道、
車から見る大阪の街は昔海であったかのように低く見えました!

ホテルに帰って古代地図を見ると、
それが河内湖なんですね∑d(◐д◑´,,)


泊まったホテルが、
この地図の難波宮のすぐ側だったので、
翌朝、仁徳天皇の難波宮=難波神社に行って見ました( ´ ▽ ` )ノ


巨大な前方後円墳「大仙陵古墳」で有名な仁徳天皇陵の仁徳天皇ですが、
仁徳天皇の「タミの竃」←クリックで飛びます)の話は前に記事に書きました!
高殿に上るとタミの竃が見えるかしらん??と思えどもビルばかりで見えず((유∀유|||))
今は狭い境内の難波宮ですが、隣の寺院も古代は敷地で、その宮→御堂が御堂筋なんかしらねσ(・ω・`@)??

あ!今書いてて発見!もしかしたら、
難波高津宮は高津神社の方なのかしらヽ(´Д`;≡;´Д`)丿

ちょっとここもリヴェンジですね。゚(゚´Д`゚)゜。ウァァァン


そして帰り道、
駅でこのポスターを目にし、
翌日、大神神社に行ったお話はまた次に…


旅行記の続き書けました✧*。٩(ˊᗜˋ*)و✧*。


♫*:..。♡*゚¨゚゚・♫*:..。♡*゚¨゚゚・♫*:..。♡*゚¨゚゚・♫*:..。♡*゚¨゚゚・♫*:..。♡


宣伝



☆2017年2月10日追記☆
私はホノアカリ様ルート《淀川→天野川》と睨んでたのですが、
途中「もしかして大和川??」とも思ったりもしましたが、
池田満先生の「ホツマ辞典」では《大和川》と仰ってますね!!
ちょっと古代の大和川を軽く調べてみましたら、古代天皇とかの交易ルートともあります…
確かに《大和川》だと《難波→斑鳩》と行けますしね…👀✨✨

まあ、私は関東で土地勘も無いし、大阪から行ったので、
その前に「磐船神社」というのを発見して喜んでしまいましたので…(#^.^#)

なので、今の所、磐船神社も行ってはみたくせに、「大和川ルートの方が可能性高いかなぁ〜??」などと思い始めています。
しかしながら、実際はどうであったか!?は、
神の味噌汁(カミノミソシル)…


☆2017年2月19日 またまた追記☆
しかし「ヤマトカワ(大和川)」はその後、アマノコヤネ様がヤマトカワを掘って、その土をミカサヤマ(三笠山)にした、と
24-107にあるから、
まあ案外、大和川ルートでなくて、淀川+天野川ルートも、
悪くないかも??ですね( ´ ▽ ` )ノ

たまふカンベはカシマカミ★

こんにちは〜( ´ ▽ ` )ノ

9月にはいりましたね(((o(*゚▽゚*)o)))

Bebeは、8/31に11アヤ『ミクサユツリミウケノアヤ』(は短いよ♪)の暗唱を終え、
9/1〜9/2、東国三社巡り&12年に一度午年の鹿島神宮式年大祭『御船(みふね)祭』に行ってまいりました〜ヾ(˹ᆺ˺✿)ノ゙


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皆様ご存知のように、
下総国の一の宮・香取神宮の御祭神は経津主(ふつぬしの)大神
そして
常陸国の一の宮・鹿島神宮の御祭神は武甕槌(たけみかづちの)大神(建御雷神)です。



ホツマツタヱも8アヤ『タマカヱシ・ハタレウツアヤ』でも、
フツヌシ様とタケミカツチ様がハタレウチで大活躍なさいます(((o(*゚▽゚*)o)))


フツヌシ様はイソラミチの攻撃に対し、指を怪我してしまいますが、ユガケして、オコゼを投げ入れてハタレ達が貪り喰っている間にフキを焚き捕らえます。(8-22〜8-32)

そしてタケミカツチ様は、ヰツナミチに対し、フトマガリを貪り喰わせている間に(食べ物で釣るの多いです!)ワラビナワで縛り上げ山に引っ張って行くのですが、9800人は首が締まって死んでしまい、残る100人は投獄しますが、
ここで「カナデを枯らせてしまった…」と喪に慎んでいらっしゃいました。
(8-32〜8-39)


書くとどんどん長くなってダメなりねヽ(;▽;)ノ


ここ8アヤでは
このハタレウチでのフツヌシ様のご活躍に対し、
アマテルカミからの詔(ミコトノリ)で、

マタフツヌシわ
カグヤマお
ツカサトレトテ
カトリカミ

(8-92)


【カ】グヤマ(富士山)をツカサ【トリ】
↓ ↓ ↓
【カトリカミ】→香取神


という称号を賜ってます☆*:.。. o(≧▽≦)o .。.:*☆



2014.9/1香取神宮
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そしてその時タケミカツチ様は、
タケモノヌシノカフツチ(のツルギ)と
地震を鎮める?カナイシツチも賜ってます(○´3`)ノ
(8-92〜93)



2014.9/1 鹿島神宮・要石凹
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2014.9/1香取神宮・要石凸
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そしてフツヌシ様の妹君アサカヒメは、
ココトムスビと結婚し、
生まれた子供が
アマノコヤネ=カスガマロ=ワカヒコ様で〜す( ´ ▽ ` )ノ
(8-96〜97)


そしてね、
アマノコヤネの妻は、タケミカツチの一人娘ヒトリヒメで、
そのお二人のミヤが息栖神社なのです☆*:.。. o(≧▽≦)o .。.:*☆

ヒトリヒメがご懐妊中、旦那様アマノコヤネの背丈と同じ長さの腹帯を巻きました( ´ ▽ ` )ノ

ミタケノオビト
ナシタマフ
ハラオビナセバ
ミノイキス
ヒタチトナリテ

(21-40)

「産後の肥立ち」とも言われますが、
茨城が「常陸(ヒタチ)」
と呼ばれる語源も、
また日立帯もここからですし、
息栖神社の「イキス」も身の息が整った(ス、澄んだ)ことからなのですね(●ꉺωꉺ●)


2014.9/2 息栖神社
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フツヌシ様とタケミカツチ様のご活躍は、10アヤ『カシマタ・チツリタイノアヤ』でも更にキャーq(≧∇≦*)(*≧∇≦)pキャー


あらすじとかはすんごく省略しますが、

繁栄と栄華を極めた出雲のオホナムチ様(ソサノヲの子)は、
実力はありましたが、
朝廷の右(カ)の臣でありながら、
慢心し、
タミ第一という尊い朝廷を軽んじ、
朝廷からの諫言の使者、ホヒノミコトやオオセイイ、アメワカヒコを送れど、取り込んで返って来ず、贅を極めておりました。

そこで、
朝廷から愈々、
オホナムチの右の臣の職務を解任する為に遣わされたのが、
フツヌシ様とタケミカツチ様(兄弟)です♪


この時、タマカ(朝廷)のカミハカリ(会議)ではフツヌシ様が任命されるのですが、


タケミカツチが
ススミイデ

「アニタダヒトリ
フツヌシガ
マサリテワレわ
マサランヤっ!」

(10-25)

勇っまし〜〜いタケミカツチ様٩(♡ε♡ )۶

タカキイサミの
ミカツチヤ
フツヌシソエテ
カシマタチ!

(10-26)


こうして出雲にカシマタチに向かったフツヌシ様とタケミカツチ様!


イツモキツキニ
カフツチノ
ツルギおウエテ
ウツクマリ
ナジリトフナリ
ヾノ。ÒㅅÓ)ノシ

(10-26)


「ミホコリテ
アザムクミチオ
ナラサント
ワレラツカフゾ
ソノココロ
ママヤ?イナヤヤ?」

(10-27)



普通の人の平均身長が8タ(ケ)(→ヤタカガミ)だったところ、
タケミカツチ様は16タケ(倍!)もあり、
ヨロ(万人)より勝れた力を持ち、
雷をもヒシグ(8-6〜7、8-35〜36)
岩をもアシ貝の様に取って投げたのでタケミナカタも遂に諏訪の地で降参しました(10-31〜33)


そうして『カシマタチ(右の臣の締まりを解く=オホナムチ様の解任)』という大役を果たされたフツヌシ様とタケミカツチ様に、
アマテルカミからのミコトノリ(○´3`)ノ


ナンチフツヌシ
アワウワノ
トフルミチヒキ
サカンナリ
マタミカツチわ
カシマタチ
イツおアラワス
モノノベノ
ナンタ(涙)ヤワラニ
モトスヨリ
タマフカンベ(神部)わ
カシマカミ

(10-36〜37)


こうしてタケミカツチ様に
「カシマカミ」(→鹿島神)
の称号が賜われたのでした〜(≧▽≦ノノ゙☆パチパチパチパチ

後にこの「カシマタチ(「カ(右)」の「シマ(役職)」りを「タチ(断つ)」は『鹿島立ち』という言葉となってしまいましたが、
戦に出発するような意味だけ残って、
本来の、
「タミ第一で贅に溺れないのがカミの役目」であり、それを「糾す、糺す」といった意味合いが抜けてしまったのは残念ですね…(´◕ฺω◕ฺ`)ショボーン




2014.9/2 御船祭当日の鹿島神宮
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311で、多額の寄付によりバブルの頃建ったという石の鳥居は崩壊…

けれども、鹿島神宮境内育ちの樹齢500〜600年の杉の御神木は、切り出された後3年間寝かされ、ようやく、
今年の春に鳥居と成りなったのでしたヾ(@⌒ー⌒@)ノ

新しい杉の鳥居のなんと清しいことでしょう꒰✪ૢꇵ✪ૢ꒱ෆ⃛ෆ⃛ೄ

それまでのバブリーな石の鳥居は、
もう既にそれだけの額を寄付出来る方はいない程の高価な物だったそうで…

それこそ
「ミホコリテ(身誇りて?)
アザムクミチお(欺く道を)
ナラサント(平らにしようと)
ワレラツカフゾ
ソノココロ
ママヤ?イナヤヤ??」
と問い糺した、
カシマカミ・タケミカツチ様の、
清廉潔白な御心に適う真直ぐなる木=杉の鳥居なのではないでしょうか(((o(*゚▽゚*)o)))





2014年9月1日から9月3日までの、
鹿島神宮の式年大祭「御船祭」は12年に一度の、1700年続くお祭です(○´3`)ノ
(古事記は編纂されて1300年ですけど、如何に鹿島神宮や香取神宮の歴史があるかが分かりますね♪
ヲシテ文献ホツマツタヱの後編が編纂されて約1900年ですけど、フツヌシ、タケミカツチ様がご活躍だった時代は更に昔で、今から約3000年以上前と思われます。)



午年(南、夏)に行われるというのは、
正に日本列島の夏至のレイライン(南中)の東の始まりである鹿島神宮に相応しいのではないかしら??

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そしてそれは、
やはり毎午年の4月15日に行われる香取神宮の式年大祭神幸祭に呼応しているようです。

行けなくて残念だったなり…


香取神宮の御座船の舳先は鳳凰
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Bebe達は、
9月1日に、東京から香取神宮にお詣りし、

それからJR鹿島線に乗って鹿島神宮に行きましたヾ(˹ᆺ˺✿)ノ゙


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参道にいるおじさま方は、
和服姿にパナマ帽でとっても粋で素敵ですね٩(♡ε♡ )۶



お神楽の山車は5基あってこれは聖徳太子
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9月1日は提灯祭も(○´3`)ノ

子ども提灯
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大人の提灯は、イナセな若衆達の気合が入っていて、日本の血気盛んなヤンチャな?若者達の心意気も大したものだよ!!
と嬉しくなっちゃいましたキャーq(≧∇≦*)(*≧∇≦)pキャー





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御手洗池前の茶店では、
Bebeはお蕎麦をいただいたのですが、
御連れ様の「御神水ラーメン」がたいそう美味しそうで「次は絶対ラーメン食べる٩(๑`ȏ´๑)۶ 」と思った元食いしん坊のBebeです(#^.^#)





そして翌日9月2日は秋祭に相応しい秋晴れ\(^o^)/



100艘あまりの船と龍のついた鹿島神宮の御座船が川を遡り、香取神宮をお迎えするというのがクライマックスで、
大行列も3000人以上ヾ(@⌒ー⌒@)ノ

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行列は見られなかったのですが…
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お神楽の山車も素敵☆
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鹿島神宮の龍の御座船と船団!
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賑々し〜〜い☆*:.。. o(≧▽≦)o .。.:*☆


御座船で行われていたという、
午年生まれ(12歳)の巫女ちゃん達による巫女舞は見られなかったけれど、
潮来河岸に降りてきた少女達の晴れ晴れとしたお顔ヾ(*´∀`*)ノキャッキャ♪
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何しろ、一生に一度だし、午年でないとなれない!のですものね♡



また11アヤでも、
アマテルカミの皇子オシホミミ様が、
東北タカノコフに遷都なさる時にも、
尊〜〜いミコトノリの締めに、


フツヌシト
ミカツチツネニ
ハンベリテ
マツリコトモレ

(11-21)

と任命なさっているのです( ´ ▽ ` )ノ




。.。:+♫+ ゜ ゜゜ *+:。.。:+♥+ ゜ ゜*+:。.。.。:+♫+ ゜ ゜゜*+:。.。:+♥+ ゜ ゜゜ *+:。.。.


古事記以降、
富士山以東、関東も東北も、
如何にも僻地のように追いやられてしまいましたが、
それは古事記、日本書紀が渡来系の編者だったから、
奈良以東は行かなかったから、
全然地理が分からなかったので割愛されてしまったのでしょうが、

三神宮の香取神宮、鹿島神宮が、
なぜそれほどなのか??
古(いにしえ)が偲ばれるようです(ღ′◡‵)

そして、
こうしてヲシテ文献を学んでいる(未だ未だ初心者ですが)Bebeは、
是非とも、
フツヌシ様、タケミカツチ様にまたお詣りしたくて、
12年に一度の大祭にも行かせていただけた恵みに感謝しながら、
また一歩一歩!
学ばせていただこうと思いま〜す*。⋆ฺ(*´◡`)ノ


長々、お読みくださりありがとうございましたヾ(˹ᆺ˺✿)ノ゙














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