ヲシテ1年生☆

漢字渡来以前の日本の縄文文字『ヲシテ』 あなたも私たちと一緒に一年生から学んでみませんか( ´ ▽ ` )ノ??

仁徳天皇

天空の船!?

こんにちは( ´ ▽ ` )ノ

寒いですが皆さんお元気ですか??私は冬生まれの癖に(あ、年によっては暦の上で旧暦新春の年もあります、今年ゃツゴモリ)寒さが苦手なBebeです(๑>◡<๑)

なので用事がない限り外出は控えて家でぬくぬく勉強していたい方ですが、
昨日〜今日、ちょいと大阪の仕事があったので、
それでは…と兼ねてから気になっていたホノアカリ様ルート辿ってみることにしたなり(✧◡✧)


今21アヤも終盤まで暗唱進みましたが、実は20アヤ「スメミマコ・トクサヱルアヤ」が大好き(((o(*゚▽゚*)o)))♡
21アヤの36カドの暗唱が泣けるほど難しかったけど、20アヤもどっこい32人の伴人の暗記は泣けましたけどヽ(;▽;)ノ

それでも、あれだけ壮麗な描写は本当に気持ち良いです(○´3`)ノ
その系統だと5アヤの最終まとめ部分の
  
   ミソギにタミの
   トトノヒテ…

からも大好きですけどね/(^o^)\


まず21アヤ「スメミマコ・トクサヱルアヤ」とはどんなお話なのか??


キヤヱ年のヤヨイのこと…
カスガトノ・ココトムスビ様がご老齢の為引退なさるのでヒタカミにおわす9代アマカミの御子オシホミミ様にナカクニ入りの打診がありました。
けれどオシホミミ様はタミに慕われて引き留められるので、
長男クシタマ・ホノアカリ・テルヒコ様に行かせることになります(○´3`)ノ

ここで!!
先代旧事本紀とかは天照国照彦天火明櫛玉饒速日とかにしちゃって、ホノアカリ様とニギハヤヒ様を混同しちゃってますけど、
ホノアカリ様がテルヒコクシタマです(`◕‸◕´+)シャキン
ニギハヤヒ様はクニテルで、ホノアカリ様の養子です!!

そこからトクサタカラ(十種神宝)譲りもあり…。
このトクサ(十種神宝)は、石上神宮(いそのかみじんぐう)とか物部神社に伝わってるようですけど、
ちょっとヲシテ文献とは違う…。
残念ですね、古事記的な間違いが…
あ〜〜ここも触れようかと思ったのですが、次の記事オオモノヌシ・クシヒコ様の記事を書く為割愛…
また機会があれば…(#^.^#)


それからアスカヲキミ・ホノアカリ(クシタマ・テルヒコ)(オシホミミの長男。ニニキネの兄)のナカクニ(近畿)入りは、総勢864人の臣下を従え、アマテルカミの勅令によるイワクスフネでかつてないほどの壮大さ、壮麗さで描写されています。


私は、この時のイワクスフネの門出の様子が鹿島神宮の式年祭「御船(みふね)祭り」←クリックで飛びます)に残ってるのだろうと思ってます( ´ ▽ ` )ノ

因みにイワクスフネというのは、
イワヒ(祝ひ)のクス(樟)で造られた船であろうと思われます(`◕‸◕´+)シャキン
磐(イワ)で出来てたんなら海に浮かびません((유∀유|||))

さて、
この船は、ツクモ(九十九里浜)を出発します。
池田先生に依ると、その門出の様子が上総國一の宮の玉前神社のお祭「上総十二社祭」の海中渡御に残っているらしいですね…(´'c。'` )ほほー

出航した船は先ずはイツ(伊豆)の岬に着きますが、
それは下田辺りだと思われます。
古代から海運の盛んなところ(←クリック)だったようです。


そして描写はこう続きます。

ツクモヨリ
イツノミサキニ
ホおアケテ
オキハシルメ👁わ
オホソラお
ハルカニカケリ
ミクマノノ
ミヤヰオカミテ
ナミワヨリ
カモニテイタル
イカルカノ


ここで重要!!

船が大空を駈けていたのではなく、
沖走る「目」が、
「オホソラお ハルカニカケリ」なわけです!!

船に乗って遥か遠くを意気揚々と見ていると、
空と海とが溶け合って、
まるで大空を走っている様に感じる!
ということです(`◕‸◕´+)シャキン

何故なら、
空路であったなら、
わざわざ伊豆下田(伊豆半島南端)も熊野(紀伊半島南端)も通らないで、
鹿島からビッと富士山上空でも通って行けば良いんですよヾ(≧▽≦)ノあははは!


わざわざ紀伊半島廻って、
ナミワ(浪速)に着いた御一行様は、
ここでイワクスフネからカモフネ(櫂で漕ぐ船)に乗り換えます。
外洋から川で南下していく為です。

この川を私は先ず「淀川」と睨みました!※最後に追記あります
そして枚方から支流に下って行くのであろう…
地図で探すと、
「天野川」!!!
そしてその先に「磐船神社」あったよ〜〜キャーq(≧∇≦*)(*≧∇≦)pキャー


なんか自分がルート発見したようないい気になってましたが、
実はこのホノアカリ様のルートは、
ニギハヤヒ(饒速日)の事として、
ニギハヤヒ・ファンに有名みたいで、
古代地図までちゃんと直ぐに発見出来ました(#^.^#)


まあそれは磐船神社に行った後にそれら地図を発見するのですけどね꒰#'ω`#꒱੭


さて、
当日は、あいにくの雨…
幸い殆ど雨には濡れなかったのですが、
素敵な循環型農業の農園レストランの杉・五兵衛さんに連れてっていただき感激です꒰✪ૢꇵ✪ૢ꒱ෆ⃛ෆ⃛ೄ✨✨




楽しいお話ばっかりに夢中になって、
つい目的?の磐船神社に中々行けません(ノ∀≦。)ノ

でも寒いし、
さっきまで雨だったんだし無理はいけません。




ここ、本当に良い氣が満ちていて
気持ち良い場所でしたo(^▽^)o

数年前に転落死亡事故があったそうなので、くれぐれも一人とかで行ってはいけません!
が、
またニギハヤヒ様も詳しくなって(ホンマはここ、ホノアカリ様なんですよ!!)

ここ磐船神社の岩窟巡り(←クリック)はちょいと危険も伴うけど、とっても楽しそう!なので、
また暖かい季節にリヴェンジしようと思います*。⋆ฺ(*´◡`)ノ

その後、ホノアカリ様御一行がイカルガに着いて、その翌日アスカに宮遷ししちゃった話も機会があれば…
そして「ソラミツヤマトクニ」と名付けたナカクニは、ヒタカミから遥々いらした御一行様にとっての新天地であり、
今とは地形も違う奈良の地の、
気持ち良い春の海を船で遥かにいらした期待を込めた名であったのでしょうね(ღ′◡‵)✨✨


その帰り道、
車から見る大阪の街は昔海であったかのように低く見えました!

ホテルに帰って古代地図を見ると、
それが河内湖なんですね∑d(◐д◑´,,)


泊まったホテルが、
この地図の難波宮のすぐ側だったので、
翌朝、仁徳天皇の難波宮=難波神社に行って見ました( ´ ▽ ` )ノ


巨大な前方後円墳「大仙陵古墳」で有名な仁徳天皇陵の仁徳天皇ですが、
仁徳天皇の「タミの竃」←クリックで飛びます)の話は前に記事に書きました!
高殿に上るとタミの竃が見えるかしらん??と思えどもビルばかりで見えず((유∀유|||))
今は狭い境内の難波宮ですが、隣の寺院も古代は敷地で、その宮→御堂が御堂筋なんかしらねσ(・ω・`@)??

あ!今書いてて発見!もしかしたら、
難波高津宮は高津神社の方なのかしらヽ(´Д`;≡;´Д`)丿

ちょっとここもリヴェンジですね。゚(゚´Д`゚)゜。ウァァァン


そして帰り道、
駅でこのポスターを目にし、
翌日、大神神社に行ったお話はまた次に…


旅行記の続き書けました✧*。٩(ˊᗜˋ*)و✧*。


♫*:..。♡*゚¨゚゚・♫*:..。♡*゚¨゚゚・♫*:..。♡*゚¨゚゚・♫*:..。♡*゚¨゚゚・♫*:..。♡


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☆2017年2月10日追記☆
私はホノアカリ様ルート《淀川→天野川》と睨んでたのですが、
途中「もしかして大和川??」とも思ったりもしましたが、
池田満先生の「ホツマ辞典」では《大和川》と仰ってますね!!
ちょっと古代の大和川を軽く調べてみましたら、古代天皇とかの交易ルートともあります…
確かに《大和川》だと《難波→斑鳩》と行けますしね…👀✨✨

まあ、私は関東で土地勘も無いし、大阪から行ったので、
その前に「磐船神社」というのを発見して喜んでしまいましたので…(#^.^#)

なので、今の所、磐船神社も行ってはみたくせに、「大和川ルートの方が可能性高いかなぁ〜??」などと思い始めています。
しかしながら、実際はどうであったか!?は、
神の味噌汁(カミノミソシル)…


☆2017年2月19日 またまた追記☆
しかし「ヤマトカワ(大和川)」はその後、アマノコヤネ様がヤマトカワを掘って、その土をミカサヤマ(三笠山)にした、と
24-107にあるから、
まあ案外、大和川ルートでなくて、淀川+天野川ルートも、
悪くないかも??ですね( ´ ▽ ` )ノ

カミと神様のお話ー神社に祀られてる方

皆さん、こんにちは( ´ ▽ ` )ノ

あなたの信仰する神はどなたですか??

その神はどんな方なのでしょう??


アラーとかイエス・キリストだとか仏陀だとか天照大神とか??


さてさて…
今日は日本の「カミ」の話を…


そもそも神社に祀られてる方ってどなたなのですか??




何を隠そう、Bebeはあまりよく分からない神様に参拝するのって抵抗ありました(#^.^#)

だって極端な話、
訳のわからない悪魔教の神様とかでも何でも拝んじゃう、とか、
カルト宗教の邪神とかも神様だから拝んじゃう、とか、
抵抗ないですか??

だからヲシテ文献を学ぶ前はそれほど神社巡りってしてた訳ではないんですね(*/∇\*)


だってどんな神様なのか知らないのにやたら巡るとか、
「誰?あの芸能人?名前知らないけどサイン貰っておこう!」みたいな失礼な感じがして気が引けてたから…(#^.^#)




神社に祀られている「神様」

今迄は、
古事記が日本最古の文献と思われていたので、
今の神社の御祭神は古事記由来だと思われていることが多いですよね(○´3`)ノ

ところが、
八百万の神の国と言われているだけあって、
現実的には、古事記では由来の分からない神々の多いこと( ;´Д`)


更にその神はどんな性格で何処の方なんでしょうか??


神様は天上界に坐すので、
性格は大らかで、
人間の捧げ物、お供物に依って気分を変え、
当然、よくお詣りされている方には依怙贔屓を、
時に命令を聞かない人間には罰(バチ)をあてる??((((;゚Д゚)))))))



ええっと…

Bebeは、人間でも好きなタイプの人(男女問わず)は、
誰にでも分け隔てなく、
媚び諂いを嫌い、
賄賂なんかで扱いとか変えない方で〜す( ´ ▽ ` )ノ


はーい、
そっくりそれを神に当て嵌めてみましょうo(^▽^)o


そもそも一般の方でも、
神社は天皇が祀られてる事が多いってご存知だと思います( ´ ▽ ` )ノ

明治天皇→明治神宮
神武天皇→橿原神宮
安徳天皇→赤間神宮
後醍醐天皇→吉野神宮
崇徳天皇→白峰神宮

などなど…


勿論、
神社には、自然神を祀ったもの、地元の産土神を祀ったもの、英霊を祀ったもの、なんかもありますo(^▽^)o


しかしながら、
古代のカミというのは殆どは、
古代の天皇=アマカミ
もしくはその時代功績を成した方々なのです(´✪‿✪`)


そして、
それらは漢字の入ってくる以前のお話であり、
カミ=神(天にゐる)ではありません!


また、
その地方の長はクニカミですが、
他にも子育てに貢献した方に与えられた称号「コモリカミ」や、
「カマドカミ」などという称号もあるんですよ〜(○´3`)ノ

そして漢字になっちゃって「カミ=神」だと思っていると分かりにくいですが、
『肥後の守(カミ)』や、
政府や天皇陛下の事を『お上』と言ったりする事柄からも、
元々の意味には、
『天上界の目に見えない神霊』
といった意味合いはあまり見受けられません。

イサナミ様が亡くなられて、イサナギ様が追っていった出来事を「カミユキミレバ」とありますから、
これはカミ(イサナギ)が行って見たらば、とも取れますし、
カミユキ(といった幽体離脱的な何か??)して見に行った、とも取れますが…


又、ハタレの大将の事も「ハタレカミ」とも記述されています(∩╹∀╹∩)



さて、
Bebeが最近よく聞く(←え!?最近ではなくて、もう千年以上言われてたって!??)
『アマツカミ VS クニツカミ』

「あの神は天つ神系だからね」

とか、全く理解に苦しみますっ(ू˃̣̣̣̣̣̣︿˂̣̣̣̣̣̣ ू)


だってね、
そもそも「天孫降臨」などと言われてますニニキネ様!
瓊々杵とか邇邇芸命なんて漢字で書かれちゃってるこの方が天孫と…

そして天から降りて来て地上に降ったように言われてますが…

この方、ヲシテ文献では、
アマテルカミのお孫さんです(#^.^#)


古代天皇=アマカミは、
天の意向、タミの幸せを第一とし、
タミのヲヤ(親)として、
自分が崇められることを喜びとしていたのではなく、
タミが平和に幸せに暮らして行く為に尽くされた方。゚( ゚இ‸இ゚+)゚。


それは、
昭和天皇でさえ、
今上天皇陛下が美智子皇后陛下とのご成婚時である昭和34年当時でさえ、
実は防空壕暮らしでした(΄✹ਊ✹‵)
侍従の者が「こんな場所に住まわせては置けない」と御所の新造を提言するも「世の中には住む家の無い人も居るのに、私はこれだけの物が有るのだから」と。゚( ゚இ‸இ゚+)゚。


そんなお方でした。+゚(つз`o)゚+。



また今上天皇陛下も、
311の時、
東京は電力が足りないという理由で輪番停電になりそうでしたが、
ギリギリそれを免れました。

けれども陛下は、
「一回2時間。暗い部屋で寒さをこらえ夜の場合はろうそくの灯りで夕食をとられている」
宮内庁の羽毛田長官によると周囲が「そこまでされなくても」と体調を案じても
「天皇陛下は「苦しんでいる人がおり自分の気持ちとしてそうしたい。寒さは厚着をすれば大丈夫。」と話し
「災害時にどう対処すればいいかを学ぶ機会でもある。」と前向きな考えも示されたという。


天皇陛下という方々は、そういう方々です・゜・(PД`q。)・゜・



また明治天皇が日清戦争の時、
広島城に大本営を移されますが、
見れば天皇の御在所というか寝室も見当たりません。
聞けば、屏風一枚の後ろに布団が一組あったのみで、
暖房器具もないとか…

兵隊達が苦労しているのに、ご自身も立派な寝室になど寝ていられない、と仰ったとか…。゚( ゚இ‸இ゚+)゚。




また仁徳天皇の竈(かまど)は有名です!
仁徳天皇の四年、天皇が難波高津宮から遠くをご覧になられて、
「民のかまどから煙が立ち昇らないのは民の暮らしが貧しいからではないか?」
image

向こう三年間の租税を免除しました。
天皇は衣を新調されず、宮垣が崩れ、茅葦屋根が破れても修理も遊ばされず、星の光が破れた隙間から見えるという有様にも堪え忍び給いました。
 三年がたって、天皇が高台に出られて、炊煙が盛んに立つのをご覧になり、

高き屋に
のぼりて見れば
煙(けぶり)立つ
民のかまどは
にぎはひにけり

(新古707)

 「朕はすでに富んだ。嬉ばしいことだ」
 「宮垣が崩れ、屋根が破れているのに、どうして富んだ、といえるのですか」
 「よく聞けよ。政事は民を本としなければならない。その民が富んでいるのだから、朕も富んだことになるのだ」と仰せられたとか。
 そのころ、諸国より
 「宮殿は破れているのに、民は富み、道にものを置き忘れても拾っていく者もありません。もしこの時に、税を献じ、宮殿を修理させていただかないと、かえって天罰を蒙ります」
 との申し出が頻頻とあるようになりました。
 それでも、天皇は引き続き更に三年間租税を免除なさり、やっと宮の修理をお受けになったとか…


古代でも今でも天皇陛下というのはそういう方々です・゜・(PД`q。)・゜・
image




そんな方々がアマカミ=天皇陛下なのですが、

翻って、

天つ神(ってアマカミのことでしょうか??)VS 国つ神(クニカミ、地方の長のことでしょ??)
ってなんなんでしょうか??(ू˃̣̣̣̣̣̣︿˂̣̣̣̣̣̣ ू)


国つ神の財産が欲しくて天つ神が侵略しただなんて∑(❍ฺд❍ฺlll)

第一、初代アマカミのクニトコタチの時代(縄文)より、
我が国はアマカミを中心とする統一国家です。
しかも海洋民族です!


だからこそ、
いまでも太平洋を跨いだ各地から、
縄文土器が発見されるのではないですか??

それは侵略などという血なまぐさいものではなく、
平和な交易があった、
またそれだけの船の技術もあった、
ということではないのですか??



Bebeは、
歴史、本当に無知ですので、
ヲシテ文献の時代をヲシテ文献を読み感じ取る所と、現代のことしか分かりません。
中世も近世も分かりません。

ですからその間、
朝廷の名の下の血みどろの何かがあった、というのは否定出来ないのですが、

そのトノヲシテ(トの教ゑの精神。
タミの喜びの為に一から十までツクス)という大御心が、
今上天皇陛下まで受け継がれていることに感動を禁じ得ないのですが…。゚( ゚இ‸இ゚+)゚。


朝廷による虐殺って何処の国の話でしょうか??((((;゚Д゚)))))))


フランス国歌の中に出てくる王達のこと??
(△クリックで飛びます△)



しかも、
日本の国を身体全体に喩えて見るならば、
アマカミは全身を統べる中央なのに、
部分の足を欲しがるとか、
そもそもあり得ない話(ノ∀≦。)ノ


例えば出雲!!
(この話は書きたくて書きたくてウズウズしてますから待ってて下さいね♡)
ソサノヲ様の子のオホナムチ様(所謂、「大国主」と認識されている方。大黒様のモデルです)は、
親身に農業指導もし、
イヅモは大変豊かになりました。


ヒフミムモヤソ
フタワラノ
ヒモロゲカゾエ
タネフクロ
ツチわツチカフ
ヲンタカラ
ウヱタスカテモ
クラニミツ
アメカゼヒデリ
ミノラネド
アタタラクバリ
ウヱサセズ

(ホ9-45)

123,682俵も採れたお米!!
古代では破格だったに違いありません(;●ꉺωꉺ●) ゴクリ…


だからこその!
出雲の注連縄があんなにぶっといのだと思いますヾ(˹ᆺ˺✿)ノ゙
注連縄の為に藁だけ作るってあり得ませんもん(ノ∀≦。)ノ
画像1


(そして古代の杵築大社(出雲大社)の
空中神殿は高さ48mだったとも96mだったとも言われており、
宮柱も出て来ましたが、
その直径なんと一本3m\(^o^)/
尤も、それがヲシテ時代?オホナムチの時代か?と言うと、
659年斉明5是歳条に、出雲国造に命じて神宮を築いた、と日本書紀にあるそうですから、
ホツマツタヱが編纂されたのは、120年頃であり、
神武天皇即位でさえBC660年ですから、
オホナムチの時代より千年以上は後世かもしれませんが…)
image


けれども、
慢心したオホナムチは、
(アマ)カミの心を忘れていました。

昭和天皇もツギをあてた服を普段お召しになっていたと言うのに…


ホツマツタヱではこう記されています。


イヅモヤヱガキ
オホナムチ
ミツレバカクル
コトハリカ
ヌカオタマガキ
ウチミヤト
コレココノヱニ
クラブナリ

(ホ10-3)


これを糾されるのですが、
ホヒノミコトを始め
使者は次々とオホナムチの繁栄の出雲王国の贅に魅せられて何年も何年も帰って来ず…


とうとう、
朝廷の右の臣の役職を解かれてしまいました。

クニカミとは朝廷と対立とはあってはならず、
また朝廷はタミの釣った鯛であり、
タミの総意ですから、
朝廷に背くということは、
タミ総てを裏切る行為だからです…


出雲のクニを立派にした功績(これは物凄いご功績!大偉業だと思います)はありますが、
日本の国全体から見たら、
一部だけが贅の極みを極めていても、
全国のタミから憎まれてしまうでしょう…


こうして、右の臣であるオオモノヌシという役職を解かれ、
津軽に左遷となったオホナムチですが、
津軽では、良いクニカミとなり、
ツカルキミと呼ばれ人々から慕われ、
岩木山神社に祀られたようですよ(○´3`)ノ


イサナギ・イサナミ様といったアマカミ(古代天皇)も全国を巡幸してタミを治めましたし、
イサナミ様の御父様トヨケカミはタカミムスビの五代目として東北ヒタカミにいらっしゃいましたが、晩年はアマテルカミに請われアマノマナヰ(比沼奈為神社)でネとサホコ・チタル地方を治められましたし、
クニカミの地位であっても、
中央(日本の国全体を統べる)の中で、
あちこちの地方に行かれるのは普通です。

決してクニを奪われて…
とかいうことではなく、
御役目に応じて、
地方を命ぜられ治めていたのですから、
オホナムチ様にとっても、
何も「朝廷にクニを奪われ哀れで無念)ということはない筈で、
ましてや恨みに思うなど筋違いなことなのです(♡´◡`♡)




それから、
「どうせ天皇って地位に生まれたから偉いと言いたいのだろ??
そんな地位に生まれたから死んだら祀られるのだろ??」
かと言えば、
そうではないですね、少なくとも古代に於いては…

イサナギ様の弟クラキネ様は、
晩年若い妻サシミメを娶った事柄から、世の中大混乱のきっかけを作ってしまいました (╯•﹏•╰)

ですから

イサナギわ
マツレドオトノ
クラキネわ
マツラズ

(ホ7-17)



さあ、
日本の神社に祀られている「カミ」という方々の御心は理解出来ましたでしょうか??


そして、
さらにアマカミ(古代の天皇)や天皇の御役目の一つとして、
「タミを教え導く」ということがあります( ´ ▽ ` )ノ


イサナギ・イサナミ様も、アワウタを教え、稲の育て方(今、ご飯が食べられるのはイサナギ・イサナミ様が一本一本、葦を抜いて水田を作って巡られたお蔭です!マヂで!!)を教えて廻りました!
(そして全国の水田開発には、そのひ孫ニニキネ様のご功績のお蔭ですっ!!)


最も偉大なるアマカミ、アマテルカミも沢山、教え諭されました!


そして、明治天皇もしっかり学び、しっかり働き、国民一人一人が豊かに賢くなられるのを奨励されました。


江戸時代の識字率は70%超!
これは当時のロンドンの30%と比較しても破格!
世界で最も識字率が高い!
それは古代から天皇が民の教育に励んできたからではないでしょうか??


民を奴隷として文盲とさせておいて搾取させるのではなく、
国民一人一人を我が子と慈しみ、
教育に力を入れてきたお蔭なのだと思います。゚( ゚இ‸இ゚+)゚。


そういったカミは、
神上がって(崩御)されてからは、
すっかり性格が変わって、
自分の事へのお詣りを第一にしろ、
お供物を沢山要求、
まず神祀りを第一としろ!
などと仰るでしょうかσ(・ω・`@)

勿論、
お詣りも喜ばれると思いますし、
奉納も喜ばれると思います(´✪‿✪`)

しかし、
タミが和し、
よく努め、
教えに従って幸せに暮らすこと!

それらを第一に喜ばれるのではないですか??

だからこそ、
日本のカミ=神社に祀られている方が凄いなぁ〜〜って思うのですヽ(;▽;)ノ

だからこそ!
Bebeも尊敬し、
それらのイサオシ(御功績)に対し、
感謝を申し上げたくなるのです。゚( ゚இ‸இ゚+)゚。

その御教えをもっともっと学びたくなるのです。゚( ゚இ‸இ゚+)゚。


そして学んで、
その恵みをご報告しに、
感謝しに行きたくなるのですヽ(;▽;)ノ




世界平和への祈りを捧げるのも尊いです!


しかしながら、
赤ちゃんでも出来る世界平和、
にっこり笑顔という光を投げ掛けること!

お金を持っていない子供でも出来る世界平和、
にっこり笑顔を振りまいて、
誰彼分け隔てなく挨拶すること!


Bebeにも出来る世界平和、
ありがとう、と言ったり、
皆に親切にすること!


それらを毎日毎日行うこともまた、
世界平和なのではないかしら??


世界平和への立派な祈りを捧げようが、
立派な護摩を焚こうが、
荘厳なミサを行おうが、

その世界平和の一つ一つの中身を行い続ける数の方が勝る、
あ、言い過ぎですか??
ではひけを取らない、
と思うんですの(#^.^#)


御祈祷も良いと思います(´✪‿✪`)

舞の効果も実感してますヾ(˹ᆺ˺✿)ノ゙

雅楽もお神楽もお祭も良いですよ꒰*✪∀✪꒱♬ ♡*:・



でも、
日本の神社に祀られてるカミは、
きっと「日々の、ヒトとしての努め」を何よりも尊ばれる方だと思うんですの(๑´ლ`๑)フフ♡


神社の神官様も巫女の方々も、
お詣りする方々も素晴らしいんですけど、
日夜人々の為に、
働いて下さってる方々総て、
尊ばれる方だと思いますよ(○´3`)ノ


そして、その御旨であった教えを実践してますって誓いやご報告、
そして感謝を述べに、
神社に行ったら、
何よりもカミは喜ばれるのではないかしら〜〜??*・゜゚・*:.。..。.:*・'(*゚▽゚*)'・*:.。. .。.:*・゜゚・*



そしてどうぞ大好きな神社に祀られているカミはどんな方であったのか??

それを学んでみてくださいね♪

ヲシテ文献には、
古事記では分からないカミの出自、性格、ご功績、詳しく記されてますよ(○´3`)ノ

よく分からなけれど信じてる、
なんていうのは「盲信」と言うのだと思いますよ(#^.^#)




2014年3月26日 式年遷宮の終わった伊勢神宮に三種神器の剣璽(けんじ)を携行され御参拝なさる天皇陛下
image




長々お読みいただき、
ありがとうございま〜す( ´ ▽ ` )ノ



また次の記事も読みに来てくださいませ〜♪(*〇´∀`艸)*゚



併せてこちらもどうぞ+:.゚(人>◡σ).。+゚
凄くない人力(と日本という国や天皇陛下のこと) http://woshite-1nensei.doorblog.jp/archives/26990082.html?_f=jp
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