ヲシテ1年生☆

漢字渡来以前の日本の縄文文字『ヲシテ』 あなたも私たちと一緒に一年生から学んでみませんか( ´ ▽ ` )ノ??

2017年02月

早春のホツマあそび

さて、
記事を2つに分けましたので
ホツマクニ(関東)をおけいさんや有末さんと巡った旅行記に移りたいと思います(`◕‸◕´+)キリッ!
(更新したので順番を入れ替えました)


2017年2月21日

前日から有末さんが飛行機で成田に来る筈でしたが、霧で年間発着便数が一番多い広島空港発。そして成田空港近辺も春の風が逆巻きまくっていたそうで、
離陸時刻直前で欠航決定!
翌火曜日に有末さんは新幹線でホツマ入り(関東入り)することとなりました( ´ ▽ ` )ノ

東京駅で待ち合わせして、有末さんとヴィーガン(完全ベジタリアン)ラーメンをいただきますo(^▽^)o
この「T's たんたん」さん(東京駅構内京葉ストリート)と、
やはり東京駅一番街地下ラーメンストリートにある「ソラノイロ」さんは、ベジタリアン・ラーメンを食べられる美味しいラーメン屋さんです(○´3`)ノ


私の到着前には有末さんは、東京駅から歩いて皇居を通って、靖國神社に参拝してらしたようですが、馬車や騎馬隊も観られて良かったですねꉂ ૮( ᵒ̌ૢꇴᵒ̌ૢ )ა。*゚✧


東京駅から有末さんとBebeは高速バスに乗って成田空港に向かいます(○´3`)ノ
いやぁ、バスのお蔭で便利になりました♪


おけいさんのお宅は、ご自分の玄関が成田空港か!?というくらい成田空港のご近所です!

成田空港と言えば、私こそ中学高校が靖國神社の隣、のみならず法政大学の隣でしたので、もう既にその当時はそれほど過激なことはなかったのですが、それでも「三里塚」という単語の入った看板を見かけました。

成田空港問題、ちょっとここの所調べてみたのですけど、ここが出来るまでに大変な問題や出来事、犠牲があって、
それで首都東京からもアクセスのよろしくない空港となっておりましたが、

今は東京駅から1,000円で行けるバスも出来、また羽田空港には入らないLCC機の発着でだいぶ安く各地に飛べるようになりましたし、

物事には必ず裏表両面がありますから、
善悪二元で断定して物を見るのではなく、どんな悪しき!と見える出来事も、その恩恵ってありますよね♪

ああ恵みばかりを享受しております(#^.^#)



おけいさんのお宅はお庭が広〜〜いヾ(˹ᆺ˺✿)ノ゙
そしてその夜はおけいさんのお部屋で宴会(♡´◡`♡)

私は、おけいさんのお宅の、池田先生の掛軸も掛かったお茶室に2晩泊めていただきました。
水仙が活けてあって、本当に良い香りがお部屋に充満してます♪


。.。:+❁+ ゜ ゜゜❃ *+:。❀.。:+❁+ ゜ ゜*+:。❀.。.。:+❁+ ゜ ゜゜❃*+:。❀.。:+❁+ ゜ ゜゜❃ *+:。❀.。.


2017年2月22日
翌朝は7時前に出発〜〜♪( ´θ`)ノ

まずは香取神宮ヾノ。ÒㅅÓ)ノシ
香取神宮奥宮


香取神宮の参道も大好きなのですけど、今日は遠くまで行く予定も詰まっており、ちゃっちゃと鹿島神宮に向かいます٩꒰ ´ᆺ`꒱۶



朝早過ぎて、御手洗池の側の蕎麦屋さんも開いてなかったのですけど、資料館で鹿島神宮の御船祭の番組を観ていると程よい時間に…             
ここのお蕎麦は御手洗池の御神水も使ってて、常陸蕎麦は美味しいんです+。:.゚٩(๑>◡<๑)۶:.。+゚
地元野菜の天ぷらも美味しかった!!
ご馳走様でした(。-人-。)



。.。:+♫+ ゜ ゜゜ *+:。.。:+♥+ ゜ ゜*+:。.。.。:+♫+ ゜ ゜゜*+:。.。:+♥+ ゜ ゜゜ *+:。.。.



さてさて…

ニハリミヤは何処にあったのか!??

これも此処といった確定のない古代ミステリーの一つです(✧◡✧)


先ずは地図を見てみましょう!!

茨城県は筑西市の「新治」
ここは正に「ニイハリ」であるのですけど…                 

この霞ヶ浦へと伸びる利根川水系の桜川は、古くは「伊佐々川」「筑波川」とも呼ばれていたと∑d(◐д◑´,,)イササ!


おおお!
【ツクバ】のミヤと【ニハリ】のミヤと、【フタアレ】のミヤ(宇都宮二荒山神社)をムヨロトシ(六万年?)ずつ往き来なさってたのですよぉ〜〜+。:.゚٩(๑>◡<๑)۶:.。+゚



ここで💡

私ね、
常々不思議に思ってるのは、
八百屋さんで買物すると、どーして
「ハイ、500円!!」「ホイ、1200万円!」とかって八百屋さんは言うのでしょうか∑(❍ฺд❍ฺlll)

それは全国何処に行っても大概そうで…

いえ、スーパーマーケットでは言わないと思いますよ(#^.^#)

八百屋さんのオヤジですよ、言うのはっっ!!      

若い頃は「意味分かんね…(ー ー;)」とか思ってたんですけど、
挨拶…というより「おまじない」なのではσ(・ω・`@)??
と最近は思えてきました\(^o^)/

願望というか、おまじない!!


そしてね…

それと同じ様に、
ホツマツタヱやヲシテ文献に出てくる
ヨロトシ」もさ、
八百屋さんや市場のおぢさんが「万円」言う様に、
ヨロし」「ヨロコブ」「ヨロコバシ」に掛けて、
単なる「トシ」に装飾して「ヨロトシ」と言ってるのではないか??
とすら思えてきてるんですけど…

これを名付けて「八百屋の法則」と言います(`◕‸◕´+)キリッ!(ウソ)

ですから、
「ムトシ(6年)」を八百屋の法則で
「ム【ヨロ】トシ」としているのではないか??と…꒰#'ω`#꒱੭

あ、意外とオーマヂメですよん(⋓ื◡⋓ื) ニヤリ


⋱⋰ ⋱⋰ ⋱⋰ ⋱⋰ ⋱⋰ ⋱⋰ ⋱⋰ ⋱⋰ ⋱⋰ ⋱⋰ ⋱⋰ ⋱⋰ 


ニニキネ様御一行は、
ツクバのミヤから《トサト(→後の→十里)》来た、夜通し歩いたのでしょうか??                     
サトは今の距離を測る「里」とどれ位違うか?分かりませんが、
「ヨおコメテ」(夜通し)(歩いて?)「トサト キテ」とありますからね♪


池田先生の揚げて下さってる桑山神社や、新治郡衙跡 も気になるにはなりますが、私達は『鴨大神御子神主玉神社』もとっても気になっていたのですキャーq(≧∇≦*)(*≧∇≦)pキャー


だって
御祭神が「別雷大神」つまりヲシテ文献知らないとそれが「ニニキネ(瓊瓊杵尊/邇邇芸命)様」だなんて分からないではないですかぁ〜〜+。:.゚٩(๑>◡<๑)۶:.。+゚                                              


そしてもう一方の御祭神が「大田田根子命」とあるではないですか∑(❍ฺд❍ฺlll)


鴨大神=ニニキネ様とピンと来るのも、ヲシテ文献学んでいるから!ならではなのですけど、
御子神とは、ニニキネ様の三つ子の皇子の内、次男のサクラギ様はニハリミヤにもいらした!!→桜川なのでは??


またニニキネ様の三男ウツキネ様は、フタアレのウツのミヤ→宇都宮!


成田→香取→鹿島を通って行きましたので結構遠いんですけどね!
行きたい行きたい( ;□;)ノシ))パタパタパタパ
と我儘言いました…




ここの神社は鳥居が
無いのです∑d(◐д◑´,,)鳥居の無い古い形の神社なのではなく、ニニキネ様のミヤにはトリヰを造ったとありますから、消失してしまったのではないかなσ(・ω・`@)

しかしね、
社殿も古くなって廃れた感はありますが、すご〜〜く凝った造りになっているのです!!と思ったらかなりな文化財のようです。

本殿は、旧岩瀬町指定有形文化財。



社伝によると創立は神武天皇八年。常陸国では、鹿島神宮・吉田神社に次ぐ位置にある大社だったそうです、(;●ꉺωꉺ●) ゴクリ…


そして、私達は「ホツマツタヱおノブ」
そう!オオタタネコ様が記したニニキネ様のイサヲシ(御功績)を三人で声を合わせて奏上したのです+。:.゚٩(๑>◡<๑)۶:.。+゚

これぞ!ホツマツタヱを学んでいる喜びの極みだと思うんですよ。+゚(つз`o)゚+。


どんな祝詞を上げるより相応しい!!


有末さんもおけいさんも、
暗唱の重要さを判って一生懸命学んでいるからこそ!
こうした場所、場所、に於て相応しいウタ=ホツマツタヱを宣り挙げられるのです✨✨                         


幸せな時間を共有し、
こうしてヲシテ文献が学べる恵み!
勿論、ミヲヤであるクニトコタチ、フタカミ、アマテルカミ、ニニキネ様、オオタタネコ様にも言わずもがな!ですが、
写本を続けて下さった方々、
そして発見、研究に御尽力して下さった松本善之助先生、
更に私がヲシテ文字で読めるのは池田満先生のお蔭です!!

印刷を引き受けて下さった方々、出版して下さった方々、私財を投じて下さった松本不二子様、
またこうして通信の機器を使い離れていても共に学べる恵み、移動手段を使える恵み!!                         
もう数えきれない方々のお蔭です…


アナアリカタヤ
アナニヱヤ
アナウレシヤと
オガミサル


の心境で成田に戻りました(ღ′◡‵)

旅の最後まで「鴨大神御子神主玉神社」の名前言えず「鴨」「鴨」と叫んでましたが…🦆

゚.:。+゚.:🦆.:。+゚.:。🦆.:。+゚.:。🦆.:。+゚.゚.:。+゚.:🦆.:。+゚.:。🦆.:。+゚.:。🦆.:。+゚.


翌2月23日は
待ちにまった芝山町ヲシテ講座の日でした!                         
その記事はどうぞ次の記事をお読み下さいませ( ´ ▽ ` )ノ
    

その朝、行きたかったオモタル神社に行くことに…(○´3`)ノ


関東は、
アメナナヨ(天神七代)の6代目アマカミの、オモタル・カシコネ様の神社多いんです!
オモタル神社という名ばかりでなく、
天神6代ということで、「六天神社」としても、東京始め関東各地に多いのです!
オモタル・カシコネ様は、
近江から始まり、東はヤマト・ヒタカミ、
西はツキスミ(九州)、アシハラ、
南はアワ(このアワは四国かしらね?)、ソサ(紀伊半島)
北はネノクニ(北陸)ホソホコ・チタルクニ(山陰)
まで全国を巡幸されていらっしゃいますが、関東にも長くいらしたミヤがあったのではないでしょうか(ღ′◡‵)



と、入っていったミヤは…
あ!オモタル神社ではなかった(ノ∀≦。)ノ
この間違えて入ったミヤ、「宮門神社」でした(๑´ლ`๑)フフ♡
ここも何やら、凄い存在感があって、また素晴らしい杉の巨木があります♪
おそらく実際古代のミヤ(御殿。御屋敷。)であったのではないか??
どなたでしょう??
と思えば、「ヒコオシヒト」様とあります。                         
調べてみますと、彦忍人命は、第13代成務天皇の御代の国造だそうで!!
もうヲシテ時代と被るほどではないですか!??
その上この方は、古墳に数々のハニワと共に埋葬されてらっしゃいました+。:.゚٩(๑>◡<๑)۶:.。+゚

古代、この地がかなり栄えていた証拠ですよねヾ(●´∀`●)ノ

そして御由緒にも、ホツマツタヱ16アヤ「ハラミツツシムオビのアヤ」の、タケミカツチ様(鹿島神宮近いですからね)のヒタチオビのメヲの鶴の羽根のエピソードが∑d(◐д◑´,,)



◝꒰´꒳`∗꒱◟◝꒰´꒳`꒱◟◝꒰∗´꒳`꒱◟◝꒰´꒳`∗꒱◟◝꒰´꒳`꒱◟◝꒰∗´꒳`꒱◟◝꒰´꒳`∗꒱◟◝꒰´꒳`꒱◟◝꒰∗´꒳`꒱◟◝꒰´꒳`∗꒱◟◝꒰´꒳`꒱◟◝꒰∗´꒳`꒱◟


そしてその後、無事オモタル神社へ(○´3`)ノ

ここは会場となった芝山町役場の直ぐ裏にありますヾ(˹ᆺ˺✿)ノ゙



こちらの神社は小さいけれど、
よく整備されていて、
現在も氏子さん方の活動が盛んなご様子でした(○´3`)ノ

そして本殿の裏手に回ってみると…

江戸時代位の錦絵でしょうか…
板に描かれていてかなり消えかかっているのですけど、
格子戸を隔て姫と殿が相向かいあってる絵が…


「こ、これは…






トマエニアイミ
ツマとナス…






オオトノチ・オオトマエでは…꒰꒪д꒪|||꒱ガーン」


はい、
6代目オモタル・カシコネ様でなく、
5代目オオトノチ・オオトマエなり(`◕‸◕´+)シャキン

ヰツヨでしたね、惜しいっっ(o_ _)ノ彡☆バンバン


でも、
もしかしたら、
初代クニトコタチ〜6代目オモタル・カシコネ様、
どころか7代目イサナギ・イサナミ様までの錦絵がかつては存在したのかも?ですね( ´ ▽ ` )ノ


そしてその後、ハニワ博物館へ行くのですが、
ホツマクニが、カトリ、カシマのみならず、ニニキネ様やヲバシリ様タカヒコネ様の影響を強く受け、
稲作も盛んで、馬もとても盛んだったことを実感するのでした…꒰*✪∀✪꒱♬ ♡*:・

のみならず、
ヤマトタケ様の痕跡もクッキリ!!


今日も長い記事、お読みくださりありがとうございました♡





うまし酒・三輪の酒

みなさん、こんにちは( ´ ▽ ` )ノ

今日は『お酒』について書いてみたいと思います…
えぇえぇゲコの癖にですよ🐸ゲコゲコ

まあお酒🍶もやらなきゃ
チョコレート🍫もやらないんですけどね(#^.^#)


ご神事にも欠かせぬ「お酒」「神酒(みき)」「御酒(みき)」


それはこの間、大神(おおみわ)神社に行った(←クリック)からです(#^.^#)

今年の11月の酒祭りまで待って記事にすれば良いんですけどね…
フライングですね(*/∇\*)



そもそも
お酒の起源について見てみましょう(○´3`)ノ

それはホツマツタヱ2アヤの『アメナナヨ・トコミキのアヤ』にあります。
4代アマカミのウビチニ様ウビチニ様は、赤ちゃんの時「木ノ実」を握っていらっしゃいました!
その木ノ実(=桃の種)を庭に植ゑましたら、
3年後の3月3日(旧暦ですから今の4月上旬辺りでしょうか…)
花が沢〜〜〜〜山、100みたいに沢山咲いたのです→それがモモ(100)の花🌸
その花は夏になるとまたまた沢山(100、モモ)実を付けました!

それ故、4代アマカミ
ウビチニ様の御幼名→モモヒナギ
スビチニ様の御幼名→モモヒナミ

このお二方が成人して結婚することになった3月3日。

 


スクナミカミの造ったミキ(お御酒)が新郎新婦のお二方にササケ(捧げ)られました( ´ ▽ ` )ノ


またその製法は、スズメが竹株に籾を入れて発酵していたのを見て、お酒造りが始まったようですね!
そのスクナミカミはササゲ山(ヰノクチ)にいらっしゃったみたいで、



私はこの二ヶ所が候補だと思っています。


一つ目は、滋賀県高島市今津の酒波
ここには酒波神社と日置神社がありまして、その後ろになんと!笹ヶ峰がありますねぇ…Σ(゚д゚lll)




もう一つは、滋賀県近江八幡市安土町常楽寺の沙沙貴神社!
こちらも有力候補だそうで…。

そして、ウビチニ様ウビチニ様の結婚式がひな祭りの元祖であり、
サカヅキ(盃)というのも3月3日の三日月の形!
そのお話はどうぞホツマツタヱ2アヤ
『アメナナヨ・トコミキのアヤ』をお読み下さいね✩⃛˞(๑ꆨ৺ꉺ๑)♡



。.。:+❁+ ゜ ゜゜❃ *+:。❀.。:+❁+ ゜ ゜*+:。❀.。.。:+❁+ ゜ ゜゜❃*+:。❀.。:+❁+ ゜ ゜゜❃ *+:。❀.。.


さて、お酒を飲み交わす話は沢山出てきますけど、造ったお話は、
次はソサノヲ様ではないかしら(ღ′◡‵)??

ここのお話も、
所謂伝承のヤマタノヲロチとはちと違うので是非原文で読み込んで下さいませ(○´3`)ノ

ちょっとだけ引用しますと、


ヤマノサスキニ
ヤシホリノ
サケおカモシテ
マチタマフ
ヤマタカシラノ
オロチキテ
ヤフネのサケお
ノミヱイテ
ネムルオロチお
ズダにキル
(9-10)


ヤシホリというのは、
池田先生によると、
八回絞ったのとは違うとのことですが、
このヲシテで見た時の「ホ」の字は、
中が通らないと「ホ」ではない訳で、
「ホ」の文字そのものに搾る意味がある感じですけどね♪
そのお酒を「8フネ(槽)」用意したとのことです。

   ☆それとね、蛇足なんですけど、
数々の神楽や歌舞伎、文学の題材にもなってるソサノヲ様の「オロチ退治」なんですけど、ホツマツタヱではそれ自体を重要視してません。というか、ヒーロー視してないんですね( ´ ▽ ` )ノ
それは大切な事で、ソサノヲ様が「タミをヤワす=(アマカミやクニカミなどの)カミというのはタミのタラ(親)」と悟る事が重要であって、天下を支配するということを英雄視してもいなければ、そういう争いではない!ココロネがスガ(清く)である事が最も重要だからなんです!ガ(我)を去る事=スガ!それが重要であって、「俺ヒーロー!」というガ(我)は良しとされていないからなんです。


。.。:+♫+ ゜ ゜゜ *+:。.。:+♥+ ゜ ゜*+:。.。.。:+♫+ ゜ ゜゜*+:。.。:+♥+ ゜ ゜゜ *+:。.。.


さあ、いよいよ問題のうまさけ」は「三輪」に掛かる枕詞
に行っても良いですかぁ〜〜☆*:.。. o(≧▽≦)o .。.:*☆


時は第10代崇神(すじん)天皇ミマキイリヒコ様の御代(みよ)です(○´3`)ノ

ここはホツマツタヱの最終編者ヲヲタタネコ(オオ・タタネコ)様が見出された経緯の延長線ですが、
世が乱れに乱れて、トツクニともありますから外国(トツクニ)からの勢力も入り込んで来ていたということでしょう…

何だか今の世と状況は似ているかもですね!?

かなり端折(はしょ)りますが、
崇神天皇の夢にオオモノヌシのカミ(第2代オオモノヌシ・クシヒコ様ですね)が現れ、私の子孫のオオタタネコを探し出し、私をミモロヤマ(三輪山)に祀らしめイワヒヌシ(神官、今でいう宮司?)とせよ!と仰いました。

スヘラギ(崇神天皇)は、チヌアガタのスヱ邑に行幸し、タタネコ様を探し出して、氏素性を問いますと、
オオモノヌシ(ここでは3代オオモノヌシ・コモリカミ・ミホヒコ様のことと思います)がスヱヅミの娘イクタマヨリヒメと生んだオオミワカミの(子孫の)ハツコ(長男)であります、と…。

それが大神(おおみわ)神社の成り立ちです(○´3`)ノ

この大神神社の初代神官で且つホツマツタヱの最終編者のオオタタネコ様は、大神神社境内マップの左下にあります《大直禰子神社(若宮社)》に祀られています( ´ ▽ ` )ノ


そうすると世の乱れは収まり、農作物も豊かに実った様です。


そして
ヤホ(8穂)ウヨカ(4月4日)
タカハシ邑のイクヒさんがミキ(神酒)を造って献上(奉納)しました。

ソノアヂウマシヾノ。ÒㅅÓ)ノシ

イクヒさん、上の大神神社境内マップの中央左に《活日神社》とある所に祀られてますよ( ´ ▽ ` )ノ

その年の12月8日
崇神天皇が大神神社に行幸してお祭になりました。
その宴・直会に、
そのイクヒさんの神酒を召し上がりました。
その時、崇神天皇が詠まれた御製が


これね、
日本書紀にもある崇神天皇の有名な御製なんですけど、日本書紀は本当に残念っっ(ू˃̣̣̣̣̣̣︿˂̣̣̣̣̣̣ ू)


ちょいとひらがなで較べてみましょう!

【ホツマツタヱ】
このみきは
わがみきならず
やまとなる
おほものぬしの
かみのみき
いくひさづくる
すぎばいくひさ


【日本書紀】
このみきは
わがみきならず
やまとな【す】
おおものぬしの
かみ【し】みき
いくひさ  いくひさ


『イクヒ』さんがサヅケてくれた酒ですから、それに掛詞で『(いつまでも青々としている)杉の葉っぱの様にイクヒサ(幾久しく)』なのです(⌇ຶД⌇ຶ)

その意味が全く脱落していますね!

また
杉の木は「(マ)スグ(真っ直ぐ)」なる樹木なので、二代目オオモノヌシ・クシヒコ様の真っ直ぐなご性格に擬えて、
大神神社にも杉の木々が植えられている訳です。

その上、杉の葉っぱの殺菌効果や防虫効果、精神安定効果、など様々な効能がありますo(^▽^)o

昔の魚屋さんや今でもお寿司屋さんで、魚の下に杉葉を敷いてあったりしますよね♪
腐敗や他の菌が禁物な酒造りにも欠かせないものでしょう!



その「スギバ(杉葉)」も日本書紀では脱落しちゃってるんです(╯•﹏•╰)

イクヒサヅクル(イクヒが授けてくれたお酒のに)
スギバ・イクヒサ(杉葉の様に幾久しく、御代も豊かにタミの生活も安定して末長く)」という意味が脱落して
いきなり
「幾久 幾久」だなんて!
まるで幼稚園児の様な稚拙さではないですか🙊(←あ〜あ、猿がまた失言しちゃったょ)



さあ、較べてみて下さい!!

多分、文学的教養のあるお方でしたら、
長い事、日本書紀版で慣れ親しんでいらしたとは思うのですが…
でも本当の御製はどちらだとおもいますか!??

どちらがより美しいウタでしょうか!??


「そうはいっても今まで1300年これで来たんだからいいじゃないか??
お祭だって宣伝だってこれでやってるんだし…」と多くの方々が仰いそうですが、

しかし、
御製(天皇の御歌)なんですよっっ(ू˃̣̣̣̣̣̣︿˂̣̣̣̣̣̣ ू)

どちらが不敬なことでしょうか(⌇ຶД⌇ຶ)(⌇ຶД⌇ຶ)(⌇ຶД⌇ຶ)




そして、
そのお祭は夜通し朝まで続きまして、
トミらが朝戸を開けるのも惜しい位楽しいミアヱとウタを詠みますと、
崇神天皇が替歌を詠まれます。

それが有名な次のウタです(○´3`)ノ

こっちは横構図だったんで、
並べて入れてみました꒰#'ω`#꒱੭

こちらも較べてみて下さい!!

[ホツマツタヱ]
うまさけに  みわのとのとの
あさとにも  おしきらかねよ
みわのとのとオ


[日本書紀]
うまさけ    みわのとのの 
あさとにも   おしひらかね 
みわのとのとを


日本書紀の方は五七も全然崩れちゃってますよね∑(❍ฺд❍ฺlll)


畏れ多くも、
シタタミの下民の下民の、
私が申し上げても仕方ないんですが、
やっぱり天皇陛下の御製なのですからね!
しかも彼(か)の大神神社の起源とも言うべき御製なのですからね!
「うまさけ」は「みわ」に掛かる枕詞なんですからね!

やはり本当の御製に戻して欲しいっっ(ू˃̣̣̣̣̣̣︿˂̣̣̣̣̣̣ ू)

切に願います。゚( ゚இ‸இ゚+)゚。


去年は行けなくて残念!
この間、甘酒飲んだだけですが、
今年は11月の酒祭り行ってみたいなぁヾ(●´∀`●)ノ


ま、甘酒にも2種類あって

★酒粕から作る甘酒
(こちらはアルコール分を微量に含む)

★麹から作る甘酒
(こちらは麹の力でお米を糖化させて作るのであって、アルコール分は含まない)

後者の甘酒は、Bebeは調味料としても使っていて、自宅でも作れるんですけど、一回作ると、お米一合でももう大量、何ℓも出来ちゃって大変です💦


どちらも寒い季節にちょいと生姜入れて飲んだらホカホカ温まりますよね♪


あ、冷たい甘酒(麹から作った甘酒でしたが)もひいひい息を切らせて階段を昇った四国の金刀比羅宮・こんぴらさんで飲んだのも美味しかったな♪



お酒もまた「お米」が不可欠なものであり、このミヅホのクニの恵みですねぇヾ(˹ᆺ˺✿)ノ゙

ではでは〜



♫*:..。♡*゚¨゚゚・♫*:..。♡*゚¨゚゚・♫*:..。♡*゚¨゚゚・♫*:..。♡*゚¨゚゚・♫*:..。♡

宣伝


2月23日、
千葉の芝山(ハニワで有名なところね!成田の近く)でヲシテ講座をさせていただきますので、
どうぞお近くの皆様は来て下さいね+:.゚(人>◡σ).。+゚


                                                                                                             
東京からは大崎から直通バス(←クリック)があります
バス時刻表(←クリック)
ご連絡は此方!
花コヨミ会・齊藤恵子さん
(☆を@に変えてメールして下さいませ)








三輪のカミ!マロカネハメドケガレヱズ

さて前号の続きです…

近鉄電車の駅でこんなポスターを目にしました…

「おおっ!大神(おおみわ)神社で明日は【おんだ祭】とやらだよ∑d(◐д◑´,,)
行ってみっかな…꒰#'ω`#꒱੭」

そうです、出不精です…(#^.^#)

大神神社も2015年5月末にまさこさんと共に行ったのですが、
まあ今回は一人だしフラッとね♪


今、Bebeは21アヤ「ニハリミヤ・ノリサタムアヤ」の暗唱の終盤なのですが、
ここでも2代目オオモノヌシであるクシヒコ様のご活躍が秀逸です(✧◡✧)✨✨

古事記とかでは、
オオモノヌシ(役職名)というのが大物主(固有名)とされ、
初代オオモノヌシオホナムチ様と
2代目オオモノヌシクシヒコ様が、
全くもって混同されてますっっ(ू˃̣̣̣̣̣̣︿˂̣̣̣̣̣̣ ू)
よく世間で言われている大国主とは初代オオモノヌシ・オホナムチ様のことであろうけど、ヲシテ文献ではオオクンヌシ、ヲコヌシはクシヒコ様の讃え名!

しかし本当はご性格が全然違いますねΣ(・□・;)
オホナムチ様のイミナ(本名)はクシキネ様でソサノヲ様とイナタヒメの5番目のお子様、そしてキツキミヤ(出雲大社)の御祭神で、出雲を豊か〜〜にされた御功績のある方!
出雲大社のしめ縄があんなに巨大なのも、オホナムチ様が農業政策の手腕を発揮されたからに他なりません。

しかしそれが元で慢心してしまい、
朝廷を軽んじた為に、
息子クシヒコ様は、その当時コトシロヌシという役職を賭けて父上に諫言します。けれど聞き入れられず、美保関で釣りをして隠居生活をしていらっしゃいました(ღ′◡‵)

そこへとうとうオホナムチ様のキツキヤシロに朝廷からの使者として、
カシマカミ・タケミカツチ様とカトリカミ・フツヌシ様がやって来ます!
これがいわゆる「カシマタチ(鹿島立ち)」
(右)のシマり(役職)=ツルギトミ
タチ(断つ→解任)という事です。

タケミカツチ様は、普通の人の倍の背丈(16タケ)もあって、オホナムチ様の秘蔵っ子タケミナカタも震え上がるほどです。
いよいよ追い詰められたオホナムチ様は、美保関のクシヒコ様に助言を求めます。

これが有名な?(私の中で)

タカマわタミの
ヱミスタイ
イトカケマクゾ
(ホ10-29)
です!

つまり朝廷というのは、
タミの民意があってはじめてその為に機能しているのであって、
それはまるで糸が掛かっている釣られた鯛なのであって、
だからこそ大層尊い(イトカケマク)なのである!
クシヒコ様、笑顔は素敵で、後の世では「ゑびす様」として民間信仰の対象となりますが、
ご性格は清廉潔白でとても激しい方です(`◕‸◕´+)キリッ!


またクシヒコ様は、
前号に書きましたホノアカリ様のたった1日でのイカルガ→アスカへの宮遷しに際しても、ホノアカリ様の左の臣フトタマにも、
「あなたはキミ・ホノアカリ様を補佐できる立場なのに何故そのような決定をさせてしまうのか!?
宮遷しというのは、キミの気分で決定して良いということではなく、タミが安心して暮らせる為のことなのに!!」と
厳しく激しく叱責します。

そしてそれが受け入れられないと、

アカネホノホニ
ツミストモ
マロカネ(マロカセ?)ハメド
ケガレヱズ(ホ20-34〜20-35)
つまり、
真っ赤に燃える炎に焼かれようとも、
正しい義の為なら、
真っ赤に燃える金属の塊を飲まされようとも、
私は屈しない!

と言ってホノアカリ様の許を去っていきます。


そんなクシヒコ様は、自らの死期が近づいたのを悟るや、
サカホコを提げてミモロヤマに洞を掘らせてトヨケノリ(生きたまま磐に入る事)されます。

クシヒコわ
ヤマトヤマベニ
トノツクリ
ヨおカンガエバ
トシステニ
ソフヨロヤチモ
キワアレバ
ノチノマモリわ
トヨケノリ
タマノヲイレテ
スヘラギの
ヨヨマモランわ
アメノミチ
ミモロのヤマニ
ホラホリテ
アマノサカホコ
サゲナガラ
イリテシツカニ
トキおマツ
(23-95〜23-97)


最期まで、
世の事、後世のタミのこと、
アメノミチ、天皇のミチを考え、
それらの護りの為に、
ミモロヤマ(三輪山)に入るのです。゚( ゚இ‸இ゚+)゚。


最期の最期まで
本当にマコトを護り通した方でした・゜・(PД`q。)・゜・


そんなお厳しいクシヒコ様ですから、
笑顔が素敵だったとはいえ、
体型的にあんなに豊満な恵比須像はちょっとないよねぇ(ノ∀≦。)ノ

でも、
後の世の人々にも、
恵比須様として親しまれている!
鯛を釣ってる意味は忘れ去られても、
鯛を釣ってるんですよ(;●ꉺωꉺ●) ゴクリ…


さてさて…
旅の続きです❤︎

2017年2月6日
大阪から近鉄に乗って奈良でJRに乗り換えて三輪に向かいます( ´ ▽ ` )ノ

車窓から三輪山見えて来たよワ━━ヽ(′▽`*)乂(*′▽`)ノ━━イ!!
多分、「三輪山」はあんな形!
うん、一人だったから断言出来ないけど、三輪山の筈…

天気予報は雨!
雨こそ降っていないものの、やっぱ2月の三輪は寒いです💦

途中に素戔嗚神社がありまして











やっぱ、ソサノヲ様は、
大神神社の御祭神の
初代オオモノヌシ・オホナムチ様のお父様で、
2代目オオモノヌシ・クシヒコ様のお祖父ちゃまですものね、まずはご挨拶(๑´ლ`๑)フフ♡

    👣       👣     
           👣           👣
さあ、着きました!
大神(おおみわ)神社!!
大神神社ヾノ。ÒㅅÓ)ノシ


寒いので三輪の酒の甘酒頂いてあったまりますわぃ(w´Д`w)〜♡

そして「おんだ祭」

演目はその年の豊作を祈念する漫才のような感じなのですけど、
オホナムチ様はさっすがタミの糧(かて)ソロ(お米とか農作物)を増やした方ですし、
3代目オオモノヌシ・コモリカミ・ミホヒコ様も田歌を作って唄った方(17-88)ですものねꉂ ૮( ᵒ̌ૢꇴᵒ̌ૢ )ა。*゚✧
途中、巫女さんによるお田植え神楽と鈴祓いがあったり…



ここでちょいと御祭神を見てみましょう👀


大物主大神2代目オオモノヌシクシヒコ様、ミモロヤマにサカホコを提げて入滅された方ですね! その他、ヲコヌシオオクンヌシとの讃え名も…

大己貴神初代オオモノヌシでクシヒコ様のお父様、イミナはクシキネ、オホナムチ様!後には津軽でもその政治的手腕を発揮しカルキミと呼ばれます。

少彦名神はオホナムチ様と共に農業やタミの病気を癒したり、その後アワウタを習い雛祭りを教えて和歌山の加太の浦でアワシマカミとして淡島神社に祀られた方ですね♪

寒いので(寒さに滅法弱いです)お祭もまだ途中でしたが退散…꒰✘Д✘◍꒱

そして鳥居を出て直ぐのお店に吸い込まれて行きます(/●◔∀◐●)/

火の側でぬくぬくと
三輪素麺の「にうめん」頂きます(。-人-。)

👣                        👣      👣
       👣         👣
     👣                   👣


それから、
三輪駅で見たポスターに従い恵比須神社の「初ゑびす」に向かいま〜す(○´3`)ノ


駅でも途中でも笹の葉っぱを持った人達に沢山すれ違いますꉂ ૮( ᵒ̌ૢꇴᵒ̌ૢ )ა。*゚✧


こちらの恵比須様は、
クシヒコ様のゑみす顔(笑顔)からきた「ゑびす」様であり、そして事代主というのはその当時のクシヒコ様の役職な訳ですが、
大神神社の御祭神とこちらの恵比須神社の御祭神が同じだとご存知でしたか(♡´◡`♡)??

鯛の山車(だし)。
鯛の出汁(だし)も美味しくて大好き😋


吉兆笹や福俵、福熊手をお求めになると福娘(巫女さん)が鈴祓いをしてくれるょ♡


ムメ(梅)も咲いてた♪


★。、:*:。.:*:・'゜☆。.:*:・'゜★。、:*:。.:*:・'゜☆。.:*:・'゜★。、:*:。.:*:・'゜

私達が現在「ホツマツタヱ」を読めるのは、ミワのトミの御子孫で大神神社の初代神官であるヲヲタタネコ様のお蔭です♪

そしてそのタタネコ様は、ご自身のご先祖オオモノヌシ・クシヒコ様を祀っている訳です(ღ′◡‵)
タタネコ様ご自身も

若宮社(大直禰子神社)(わかみやしゃ(おおたたねこじんじゃ)に祀られています。

またミワのトミの御子孫がヲシテ文献を守り続けて下さったお蔭なのです。゚( ゚இ‸இ゚+)゚。

※ホツマツタヱ前半1〜28アヤはミワのトミの6代目オオモノヌシのクシミカタマ・ワニヒコ様が編者です。


よく聞く?「大和 VS 出雲」?
だって、大神神社の御祭神であるクシヒコ様のお父様オホナムチ様の統治なさってたのが出雲なんですよ!??

本当に多くの方々にそれを知って欲しいですね。+゚(つз`o)゚+。

それから、
「出雲族は虐殺された」だなんて、何処にそんな戦の痕が遺跡として出てきているのですか!??
(なんだか、その発想、アレに似てますね!「南京大虐殺」とか「従軍慰安婦」という捏造でっち上げに…)


クシヒコ様が、
末民の事まで案じ、
アメノミチが護られ、
日嗣の弥栄を祈り、
三輪山の洞に入られた事!!

そしてタミの幸せとは、
「神道のご神事(だけ)が偉い」ではなく、
「タミの為のアメノミチ」
「タミの喜び=アマカミ(天皇陛下)の幸せ」というトノヲシヱであるということ!!

ですから、
ゑびす様のお祭もまんざら、
ミワのカミ、クシヒコ様の御旨と隔たっている訳ではないかもですねヾ(●´∀`●)ノ


そして、そのアメノミチが記された
代々の掟となるフミ、
そんな畏れ多くも有り難き尊いフミを、
皆さんも読んでみませんか.:*・✿ ✿.。.:*・(Ő‿Ő✿)✫゚*


。.。:+❁+ ゜ ゜゜❃ *+:。❀.。:+❁+ ゜ ゜*+:。❀.。.。:+❁+ ゜ ゜゜❃*+:。❀.。:+❁+ ゜ ゜゜❃ *+:。❀.。.

ホツマツタヱ発見からの経緯はこちらをどうぞ〜(○´3`)ノ  ↓クリック
    ↑クリック
松本 善之助
2016-09






それから宣伝♪
今月2月23日千葉の芝山にてヲシテ講座させていただきま〜すヾ(˹ᆺ˺✿)ノ゙
来てね+:.゚(人>◡σ).。+゚

天空の船!?

こんにちは( ´ ▽ ` )ノ

寒いですが皆さんお元気ですか??私は冬生まれの癖に(あ、年によっては暦の上で旧暦新春の年もあります、今年ゃツゴモリ)寒さが苦手なBebeです(๑>◡<๑)

なので用事がない限り外出は控えて家でぬくぬく勉強していたい方ですが、
昨日〜今日、ちょいと大阪の仕事があったので、
それでは…と兼ねてから気になっていたホノアカリ様ルート辿ってみることにしたなり(✧◡✧)


今21アヤも終盤まで暗唱進みましたが、実は20アヤ「スメミマコ・トクサヱルアヤ」が大好き(((o(*゚▽゚*)o)))♡
21アヤの36カドの暗唱が泣けるほど難しかったけど、20アヤもどっこい32人の伴人の暗記は泣けましたけどヽ(;▽;)ノ

それでも、あれだけ壮麗な描写は本当に気持ち良いです(○´3`)ノ
その系統だと5アヤの最終まとめ部分の
  
   ミソギにタミの
   トトノヒテ…

からも大好きですけどね/(^o^)\


まず21アヤ「スメミマコ・トクサヱルアヤ」とはどんなお話なのか??


キヤヱ年のヤヨイのこと…
カスガトノ・ココトムスビ様がご老齢の為引退なさるのでヒタカミにおわす9代アマカミの御子オシホミミ様にナカクニ入りの打診がありました。
けれどオシホミミ様はタミに慕われて引き留められるので、
長男クシタマ・ホノアカリ・テルヒコ様に行かせることになります(○´3`)ノ

ここで!!
先代旧事本紀とかは天照国照彦天火明櫛玉饒速日とかにしちゃって、ホノアカリ様とニギハヤヒ様を混同しちゃってますけど、
ホノアカリ様がテルヒコクシタマです(`◕‸◕´+)シャキン
ニギハヤヒ様はクニテルで、ホノアカリ様の養子です!!

そこからトクサタカラ(十種神宝)譲りもあり…。
このトクサ(十種神宝)は、石上神宮(いそのかみじんぐう)とか物部神社に伝わってるようですけど、
ちょっとヲシテ文献とは違う…。
残念ですね、古事記的な間違いが…
あ〜〜ここも触れようかと思ったのですが、次の記事オオモノヌシ・クシヒコ様の記事を書く為割愛…
また機会があれば…(#^.^#)


それからアスカヲキミ・ホノアカリ(クシタマ・テルヒコ)(オシホミミの長男。ニニキネの兄)のナカクニ(近畿)入りは、総勢864人の臣下を従え、アマテルカミの勅令によるイワクスフネでかつてないほどの壮大さ、壮麗さで描写されています。


私は、この時のイワクスフネの門出の様子が鹿島神宮の式年祭「御船(みふね)祭り」←クリックで飛びます)に残ってるのだろうと思ってます( ´ ▽ ` )ノ

因みにイワクスフネというのは、
イワヒ(祝ひ)のクス(樟)で造られた船であろうと思われます(`◕‸◕´+)シャキン
磐(イワ)で出来てたんなら海に浮かびません((유∀유|||))

さて、
この船は、ツクモ(九十九里浜)を出発します。
池田先生に依ると、その門出の様子が上総國一の宮の玉前神社のお祭「上総十二社祭」の海中渡御に残っているらしいですね…(´'c。'` )ほほー

出航した船は先ずはイツ(伊豆)の岬に着きますが、
それは下田辺りだと思われます。
古代から海運の盛んなところ(←クリック)だったようです。


そして描写はこう続きます。

ツクモヨリ
イツノミサキニ
ホおアケテ
オキハシルメ👁わ
オホソラお
ハルカニカケリ
ミクマノノ
ミヤヰオカミテ
ナミワヨリ
カモニテイタル
イカルカノ


ここで重要!!

船が大空を駈けていたのではなく、
沖走る「目」が、
「オホソラお ハルカニカケリ」なわけです!!

船に乗って遥か遠くを意気揚々と見ていると、
空と海とが溶け合って、
まるで大空を走っている様に感じる!
ということです(`◕‸◕´+)シャキン

何故なら、
空路であったなら、
わざわざ伊豆下田(伊豆半島南端)も熊野(紀伊半島南端)も通らないで、
鹿島からビッと富士山上空でも通って行けば良いんですよヾ(≧▽≦)ノあははは!


わざわざ紀伊半島廻って、
ナミワ(浪速)に着いた御一行様は、
ここでイワクスフネからカモフネ(櫂で漕ぐ船)に乗り換えます。
外洋から川で南下していく為です。

この川を私は先ず「淀川」と睨みました!※最後に追記あります
そして枚方から支流に下って行くのであろう…
地図で探すと、
「天野川」!!!
そしてその先に「磐船神社」あったよ〜〜キャーq(≧∇≦*)(*≧∇≦)pキャー


なんか自分がルート発見したようないい気になってましたが、
実はこのホノアカリ様のルートは、
ニギハヤヒ(饒速日)の事として、
ニギハヤヒ・ファンに有名みたいで、
古代地図までちゃんと直ぐに発見出来ました(#^.^#)


まあそれは磐船神社に行った後にそれら地図を発見するのですけどね꒰#'ω`#꒱੭


さて、
当日は、あいにくの雨…
幸い殆ど雨には濡れなかったのですが、
素敵な循環型農業の農園レストランの杉・五兵衛さんに連れてっていただき感激です꒰✪ૢꇵ✪ૢ꒱ෆ⃛ෆ⃛ೄ✨✨




楽しいお話ばっかりに夢中になって、
つい目的?の磐船神社に中々行けません(ノ∀≦。)ノ

でも寒いし、
さっきまで雨だったんだし無理はいけません。




ここ、本当に良い氣が満ちていて
気持ち良い場所でしたo(^▽^)o

数年前に転落死亡事故があったそうなので、くれぐれも一人とかで行ってはいけません!
が、
またニギハヤヒ様も詳しくなって(ホンマはここ、ホノアカリ様なんですよ!!)

ここ磐船神社の岩窟巡り(←クリック)はちょいと危険も伴うけど、とっても楽しそう!なので、
また暖かい季節にリヴェンジしようと思います*。⋆ฺ(*´◡`)ノ

その後、ホノアカリ様御一行がイカルガに着いて、その翌日アスカに宮遷ししちゃった話も機会があれば…
そして「ソラミツヤマトクニ」と名付けたナカクニは、ヒタカミから遥々いらした御一行様にとっての新天地であり、
今とは地形も違う奈良の地の、
気持ち良い春の海を船で遥かにいらした期待を込めた名であったのでしょうね(ღ′◡‵)✨✨


その帰り道、
車から見る大阪の街は昔海であったかのように低く見えました!

ホテルに帰って古代地図を見ると、
それが河内湖なんですね∑d(◐д◑´,,)


泊まったホテルが、
この地図の難波宮のすぐ側だったので、
翌朝、仁徳天皇の難波宮=難波神社に行って見ました( ´ ▽ ` )ノ


巨大な前方後円墳「大仙陵古墳」で有名な仁徳天皇陵の仁徳天皇ですが、
仁徳天皇の「タミの竃」←クリックで飛びます)の話は前に記事に書きました!
高殿に上るとタミの竃が見えるかしらん??と思えどもビルばかりで見えず((유∀유|||))
今は狭い境内の難波宮ですが、隣の寺院も古代は敷地で、その宮→御堂が御堂筋なんかしらねσ(・ω・`@)??

あ!今書いてて発見!もしかしたら、
難波高津宮は高津神社の方なのかしらヽ(´Д`;≡;´Д`)丿

ちょっとここもリヴェンジですね。゚(゚´Д`゚)゜。ウァァァン


そして帰り道、
駅でこのポスターを目にし、
翌日、大神神社に行ったお話はまた次に…


旅行記の続き書けました✧*。٩(ˊᗜˋ*)و✧*。


♫*:..。♡*゚¨゚゚・♫*:..。♡*゚¨゚゚・♫*:..。♡*゚¨゚゚・♫*:..。♡*゚¨゚゚・♫*:..。♡


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☆2017年2月10日追記☆
私はホノアカリ様ルート《淀川→天野川》と睨んでたのですが、
途中「もしかして大和川??」とも思ったりもしましたが、
池田満先生の「ホツマ辞典」では《大和川》と仰ってますね!!
ちょっと古代の大和川を軽く調べてみましたら、古代天皇とかの交易ルートともあります…
確かに《大和川》だと《難波→斑鳩》と行けますしね…👀✨✨

まあ、私は関東で土地勘も無いし、大阪から行ったので、
その前に「磐船神社」というのを発見して喜んでしまいましたので…(#^.^#)

なので、今の所、磐船神社も行ってはみたくせに、「大和川ルートの方が可能性高いかなぁ〜??」などと思い始めています。
しかしながら、実際はどうであったか!?は、
神の味噌汁(カミノミソシル)…


☆2017年2月19日 またまた追記☆
しかし「ヤマトカワ(大和川)」はその後、アマノコヤネ様がヤマトカワを掘って、その土をミカサヤマ(三笠山)にした、と
24-107にあるから、
まあ案外、大和川ルートでなくて、淀川+天野川ルートも、
悪くないかも??ですね( ´ ▽ ` )ノ

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